リレー小説vol1 A
『まんけん』4p
「ぅっ……ぐああああっ!!」 突然、石橋渡は悲鳴を上げながらうずくまった。 足を押さえ、痛みを堪えているかのようにみえる。 「……」 当然、海人は何が起こったのか全く解らなかった。苦しむ石橋をただ呆然と眺めているしかない。 ふと横を見ると、工藤も同じように唖然としていた。 2人目が合い、お互い曖昧な笑みを返した。 どうやら工藤も戸惑っているらしいと理解すると、海人はこの状況を説明できる人物がいないかと辺りを見渡した。 3年生2人に目が留まる。2人ともこの異常事態に全く動じていなかった。いや、寧ろこの状況を楽しんでいる。 加藤に至っては両手を胸の前に組んで、目を輝かせていた。 海人が、この2人は石橋に何か恨みでもあるのかと疑惑を抱きかけたとき、海人と工藤の様子に気付いた加藤がこっそり耳打ちをしてきた。 「ふふっあのね、石橋くんってああ見えてかなりのドジっ子なの。マジメなんだけどどこか抜けてるの。何もないところでつまづいて転んだり、しょっちゅう人とぶつかったり、未だに学校で迷ってるし……あ、体育なんて超ダメよ!1年のときマラソンの授業で骨折したんだから!!」 海人と工藤は色々と突っ込みたい衝動に駆られたが、なんとか堪えて加藤の話に耳を傾けた。 「2人も見たでしょ?生徒会選挙のとき、石橋くんが壇上に上がろうとしてこけちゃったの。稀に見るドジっ子よね!それでも彼が会長になれたのは、彼が一生懸命だからなのよ。掃除だって率先してするし、花壇の手入れも石橋くんがしてるの。でも彼は園芸部じゃないのよ」 「く……詳しいですね」 多少引きつった笑顔で海人は答えた。 「私、石橋くんのファンなのよ〜。あ、ちなみに小橋川くんも彼のファンよ」 海人はそう言われて小橋川のほうを見た。小橋川が石橋を助け起こしていた。超笑顔で。 「でも、今は敵じゃないですか」 工藤の的確な指摘に、加藤はがっくりと項垂れてしまった。 「そうなのよねー……」 「とにかく、今は戦うしかありません!敵に情けは禁物ですよ、先輩」 工藤は気合を入れんと、加藤の背をばしんと叩いた。 「いたた……でもね、石橋くんだって漫研を廃部にはしたくないと思っているはずよ」 「え……?」 戸惑う工藤をよそに、加藤はやんわり笑って、 「だって、彼は優しい人だから」 |
「大丈夫か?石橋。」 小橋川が苦笑いでそう問う。助け起こされた石橋は目じりに涙を溜めながら頷いた。 「だ、大丈夫だ・・・。すまん。」 「相変わらずね〜、石橋君。早速神様からの天罰なんじゃあないの〜?」 「な、何の話だ?」 顔を上げた石橋に、加藤は悪戯っぽい笑みを浮かべて囁いた。 「ウチを廃部にしようとしてるこ・と。」 加藤の台詞に、彼は戸惑ったように言葉を詰まらせた。動揺したように目線を泳がせると、「と、とにかく!」と言って部室に上がりこんだ。 「君達が生徒会に見せたいと言った作品を見せてもらお・・・うお!??」 と言いながら、再び段差に躓いて、彼は大げさなほどダイナミックに倒れこんだ。思いっきり顔面を床に打ちつけたようだった。・・・・・かなり痛そうだ。 (・・・・“生徒会長”っぽくない・・・) 海人は床に倒れ伏す男を見てそう思った。加藤の言うようにそーとーなドジのようだ。名前とは似ても似つかない男だ。 「んもう、大丈夫ぅ?」 しかし、問う加藤の声はかなり嬉しそうだった。今度は小橋川と加藤の二人に助け起こされ、石橋はやっとのことで席についた。部員も座り、やっと落ち着いたところで改めて石橋が口を開いた。 「えー、部長から聞いているだろうが、前回の部室の視察でこの漫画研究会を廃部にしようと言う声が上がっている。そこで今回漫画研究会からの要望もあって、活動の中心である作品を生徒会に提出してもらうことになったはずだが・・・出来ているのか?」 「もちろんよ!ほら。」 そう言って、加藤が差し出したものを石橋は受け取った。全員の原稿が入った封筒だ。早速封筒を開け、彼は中の原稿を取り出し読み始める。緊張の時間が流れる。 数分後、小橋川の原稿に目を通していた石橋が、かすかに震え始めた。 「・・・な・・な・・・」 何かまずいことでもあったのかと、海人がハラハラして見ていると、石橋が突如叫んだ。 「なんって、いい話なんだーーーーー!!!」 あまりの大声に、海人は驚いて目を見開いた。石橋は原稿をちぎらんばかりに握り締めて泣いていた。 本当に、泣いていた。 「・・・・・・」 ちなみに、小橋川の今回の作品は『Child Heart』と言う作品だった。 「この女の子の何て心優しいこと!そしてこの母の子供に自ら考えさせるこの教育方針!!まさに母の鏡。人の心!感動的だ!うおおおぉぉぉ!!」 「そこまで感動してもらえるなんて嬉しいな。ありがとう。」 号泣する石橋に、小橋川が相変わらずの爽やかな笑顔で言った。 圧倒されて固まったままでいる海人と工藤に、加藤が横から耳打ちする。 「あれが石橋君のもう一つの性格。涙もろくってねぇ。クラスで映画鑑賞会でもしようものなら毎回必ずああやって大泣きするのよv」 加藤は相変わらず楽しそうに言うが、二人は内心滝汗をかいていた。 (・・・・ますます生徒会長っぽくない・・・・) その後、工藤の作品『教えてやろう攻略法』に「うおおお!これぞ人生の真髄!!人としての喜び!!」と号泣し、加藤の作品『チクタク』に「頑張れ、少年!!そうして戦い続けることが男の道だあああぁぁ!!」と号泣していた。すべての作品を読み終える頃には、彼の顔は見るも無残なほどぐちゃぐちゃになっていた。 「・・・・それであの、これだけ感動して頂けたということは、漫画研究会は廃部にならなくてすむということでしょうか?」 おそるおそる工藤が聞くと、途端に石橋の表情がガラリと変わり、黙り込んでしまった。 「・・・・僕一人では判断しかねる。・・・この作品は生徒会に持って帰って皆で検討する。」 「どうしてです?」 工藤が立ち上がりかけて抗議した。 「生徒会の視察が入ってから私達、ウチが廃部にならないように頑張ったんですよ。今回の作品にだって力入れたし、至らないところの改善も考えました。いくら世の中で評判が悪いからって、私たちの言い分も聞かずに廃部にするって言うんですか?」 「まあまあ、工藤ちゃん、まだ廃部になるって決まったわけじゃないでしょ?それに石橋君だって辛いのよぉ。PTAの圧力とか色々あるんだから。」 見ると、石橋も渋面でうつむいていた。悪い人ではない、と言った加藤の言葉を海人は思い起こした。 そんな中、彼は最後に残った原稿を封筒の中から取り出した。それを見て、石橋が目を見張った。 |
「・・・・これは・・・誰の作品だ?」 「あ・・・、僕です。」 少し身を乗り出すようにして手を上げた海人を見て、石橋は初めて彼の存在に気づいたように問うた。 「君は・・・前来た時はいなかったな。新入部員か?いつ入った?」 「あ、二週間前に・・・・」 二週間・・・とつぶやいて、石橋は再び原稿に目を移した。 「二週間で・・・これだけの作品を・・・?」 「え?」 彼の言わんとしている意味が分からなくて、海人は思わず聞き返した。二人のやり取りを、他の3人は黙って見守っている。 「ここに入るまでに絵を描いたことは?」 「あ、ない、です。」 海人がそう答えると、石橋は黙り込んだ。海人の描いたイラストをじっと覗きこんでいる。 「素人の作品としては、うまいな・・・」 「あ・・・、それは、先輩達のおかげなんです。」 海人はここぞとばかりに、今度こそ本当に身を乗り出して訴えた。 「僕、入ったばかりで本当はまったく絵なんて描けなかったんです。それを・・・ここの先輩達はすごく丁寧に・・・色々コツとか教えてくれて・・・」 諦めていた時、そっと背中を押して手伝ってくれた。優しく手助けしてくれた。 ふと、工藤を見た。 (明るい笑顔で励ましてくれた) 廃部にはしたくないと思った。先輩達と、これからもっと色々なことをしたい。ここでなら、今まで掴めなかった何かを掴めるような気がした。 「僕・・・・先輩達にもっと色々教えて貰いたいんです。ここで学べることを探したい。だから・・・」 廃部にはしないでくれと。 石橋は黙って海人の話を聞いていた。海人と海人の作品を眺めた後、そっと封筒にしまいこんだ。 「今の話、生徒会の仲間やPTAの人達に話してみる。」 4人は驚いたように顔を上げた。石橋は原稿を大事そうに抱え、立ち上がった。 「入ったばかりの後輩にそれだけの情熱を持たせられる部員が、ここにはいると言うことをね。」 そう言った石橋は笑顔だった。 海人はその顔を見て、今日初めて彼を生徒会長らしいと思った。 「ありがとう〜、石橋君。さすが我らがアイドルねv」 加藤が喜んで石橋の手を取った。 「あ・・・ああ。」 照れたような石橋の肩に、小橋川が手を置いた。 「石橋、頼むぞ。」 彼は力強く頷いた。工藤と海人も笑顔でうなずき合った。 「この件の報告は一週間以内にぃって・・・ああぁぉおおわ!!!」 バタァン!!という大音響と共に、石橋の体が見事にひっくり返った。部室から出ようとして、入って来る時つまずいた数センチの段差で今また思いっきり足を踏み外し、彼はしたたか頭を打ち付けた。 それから数日後、漫画研究会に「廃部は見送る」と言う知らせが届いた。4人は手を取り合って喜んだ。それから今後はもう二度と同じことが起こらないように、活動内容の見直しや部室の漫画の整理などをやろうと言うことになった。 ・・・・後者については加藤が一人「ええ〜?」と不服そうであったが。 「ありがとね。」 「え?」 夕方の下校道でふと、隣を歩く工藤の台詞に海人は聞き返した。 「今回の件、廃部にならなかったのは海人君のおかげだから。」 工藤はそう言って海人を見た。 「そ・・・そんなことないですよ!先輩達の素晴らしい作品のおかげですって!」 「うん、でもね・・・やっぱりあそこで海人君が生徒会長にああ言ってくれなかったら、きっと今頃は私達ばらばらになってた。新入部員の海人君がああやって訴えてくれたからだよ。」 彼女は笑った。海人はなんとなく赤くなってうつむいた。それは夕日の赤い光のせいで工藤には分からなかったが。 「・・・そう言わせてくれたのは・・・先輩達ですから。」 再び工藤は微笑んだ。それからヒラリとスカートを翻して歩き出した。 「これからもよろしくね。」 「は・・はい!!」 海人は夕日に赤く照らされた工藤の背中を見つめた。 ここで何かを掴みたい。今まで掴めなかった何かを。 今まで知らなかった思いを。 完. *参考文献 『まんがいち 2005』より ・・・・・(笑) |
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