リレー小説 vol1

『職務怠慢』1p

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喜屋武海人はその扉の前で立ち止まった。放課後の廊下にはほとんど
人気がなく、辺りは静まり返っていた。海人が見つめる先の扉には「漫画研究会」と書かれた札が掛けられている。
 海人は、つい先日転校して来たばかりの転校生だった。まだ1年生だったが、とある事情で高校に入学してすぐに引っ越さなくてはならなくなり、この高校に転校してきた。せっかく新しい学校にも慣れてきたところだったのにと、初めは愚痴をこぼした海人だったが、転校してきた当日、部活動関係の掲示板を見て驚いた。

「漫画研究会」。

 そのポスターに釘付けになった。
 漫画は大好きだった。
 というか、ぶっちゃけ、彼は「オタク」だった。
 何となく言えなくて、周りの友達は知らなかったが。
 だが、ここは、漫画研究会だ。ここならきっと、仲間・・・もとい同士がいるに違いない!
 そんな期待を抱きながら今まさに扉を叩こうとした、その時だった。


scene.1

「君、入部希望者?」

中性的な、でも女性とはっきり分かる声。
前触れもなく隣から降ってきたそれに驚いた海人が反射的にそちらに顔を向けると、そこには自分よりも頭一つ分ほど背の高い女性が立っていた。
肩まで伸ばされた柔らかそうな髪は、控えめな茶色を帯びている。
男性を思わせるシンプルで整った顔には、満面の笑み。
期待に満ちた顔というのはこういうのをいうのだろう。

「えっ…あ、えっと、はい!」

張り切って応えたものの、動揺している自分に海人は恥ずかしさを覚えた。
それを知ってか知らずか、彼女は「本当に!?やった!」と小さなガッツポーズ付きで明るい声を返す。
海人にとってはありがたい反応だった。

「私、二年の宮城みなと。宜しくお願いします。」
 
日本人らしくお辞儀をしてきた彼女に、海人も同様、宜しくお願いしますとお辞儀を返す。
それと同時に、安堵の息がもれた。

「よかった…。今までこういったものに入ったことがないので、少し緊張してたんです。」
「え?今までないの?めずらしー。なに、勇気が足りなくて、とか?」

茶化すような言い方は性格だろうか。
人によっては不快かもしれないが、今の海人には心地よいものになっている。

「はい。中学にはそれっぽいものがあったんですけど、そのころはまだ踏み込めなくて。前の学校にはなかったですし。」
「前の学校って、もしかして君、転校生…?」
「はい、今日転校してきました。」
「…今日?」

先ほどの明るさから一変、みなとの声のトーンが下がった。
何かまずい事を言ってしまったかと、顔をこわばらせる海人に彼女は続けて口を開く。

「じゃあ、ここのこともよく知らないで来た?」
「…何か、あるんですか?」
「やっぱり…。」
 
何も知らない海人の言葉にみなとはうつむき、しばらく考え込むように黙っていたが、言わない事にはしょうがないと思い切り顔を上げた。

「ここ、入部試験があるのよ。」


scene.2

「入部試験!?」

 海人はあせった。意気揚々と来たのは良いが、海人は全く漫画を描いたことは無かったのだ。そんな海人のリアクションを、みなとは驚きととったようだ。

「まぁ、驚くのも無理は無いわね」

 そう言って、みなとは熱のこもった調子で説明を始めた。

「ここの部はね、全国で唯一創立以来30年間一度も途絶えたことの無い、由緒正しき部なのよ。OBの方々の中にはプロの漫画家や、編集さんなんかがいるとかいないとかって、もっぱら噂なのよ! どう、すごいでしょ?」
「え、噂だけなんですか?」
「噂を馬鹿にしちゃいけないわよ。単なる喧嘩も殺人事件と化してしまうのよ」
「つまり信憑性無いって事なんじゃ……」

 海人は気になったことはとことん追及するタイプだった。その知的好奇心こそが彼を「オタク」へと歩ませる一因だったのだろう。

「漢なら細かいことは気にしない! とにかくこの学校は知る人ぞ知る、漫画会のエリート校なのよ」
「……でも、漫画甲子園ではこの学校の名前一度も見たこと無いですよ?」

 海人は全国高等学校漫画選手権大会――通称漫画甲子園が大好きだった。毎年貯金をはたいては現地で見学し、「うおぉ!」だの、「萌ぇ〜」だの叫んでいた。……まぁ、単なるオタクである。

「漫画甲子園? あんなもの本物は出ないのよ。本物のヲタ――じゃなくて漫画家は、裏漫画甲子園にこそ萌えるのよ!」
「裏漫画甲子園?」
「っと、その辺は後々機会があったら教えてあげるわよ。で、そろそろ入部試験を受ける心構えは出来た?」

 正直胡散臭さの塊のような部だったが、その奥に秘めたパワーに惹かれ、海人は何が何でも部に入りたいと思っていた。

「僕、ちゃんとした漫画は描いたことないんですが、大丈夫ですか?」
「もちろんよ! うちの部の入部試験は技術じゃなく、漫画を描くために必要な三つの資質を見るためのものだから」


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