リレー小説 vol1 B
『職務怠慢』2p
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scene.3 「三つの資質ですか?」 「そう、技術なんて描いてりゃ勝手についてくるもんよ。でもやっぱ中身がしょぼけりゃ、コロモばっかのエビフライみたいで許せないわね」 許すか許さないかはそれぞれとして、技量を測るものでないのなら、海人にも不可能ということはないだろう。 「じゃあ早速試験をやってもらうんだけど、その前に一つだけ言っとく」 さっきまでの悪戯っぽい笑顔が消え、急に真剣な目つきでみなとは言った。 「試験を受けるチャンスは一人二回まで。それでも駄目だったら今後部室の敷居をまたぐことは許されないわね」 じっと目を見つめてくるので、少しうろたえた。 みなとはそれだけ言うと、ぱっと元の笑顔に戻り、部室の扉を開けた。 「じゃ、入って」 そして試験とやらを受け、見事海人は... 笑顔で、「不合格」と言われたのであった。 |
scene.4 帰宅して最初にテレビをつける。ブラウン管には、よく知らないタレントがインタビューに答えるシーンが映しだされた。特に見たい番組があるわけではない。ただそれで独り暮らしの寒々しさがいくらか紛れることは、ここ数日の経験から学んだ貴重な教訓だ。 私服に着替えてどさりとベッドに腰掛けると、それだけで全てが一望できてしまうような小さな部屋。それに小さなユニットバスと狭い台所を加えたものが、海人の住んでいるアパートの全てだった。 「やっちゃったよ……」 慣れない独りの寂しさに、思考がそのまま口に出る。 考えているのは漫画研究会の入部試験の事。試験を受ける前から怪しい雰囲気にイヤな予感がしていたが、いざ始まってみるとその予感が見事に的中していた。むしろ、予感を遙かに超える要求が飛び出てきて混乱している間に試験終了、裁定は不可、イエローカードという有様である。 「と、いうかだ。アレが漫画となんの関係があるんだ!」 試験は全部で三つ。 クイズ 神経衰弱 ジャグリング そのどれもが、漫画とあまり関係の無さそうなものばかりである。特に三つめのジャグリングなんてのは、妄想たくましい海人ですら、何の関連性もこじつけることが出来なかった。まったくもって意味不明。 「遠回しな入部拒否なんだろうか」 とも思うが、入部の旨を伝えたときのみなとの笑顔がそれを否定する。今思い出しても、本当に嬉しそうな、期待に満ちた表情だった。……と思う。 ふと思い立って、引っ越し時に纏めたままだった段ボール箱の一つを開封する。三個のボールを取り出すと、部屋の真ん中に仁王立ちになった。一つ深呼吸。気合いを入れて、右腕にもった二つのうち一つを空中に。 数瞬後、間抜けな音を立てて三つのボールは床に転がった。 テレビは、最近町で多発している不審火のニュースに切り替わっていた。 ニュースキャスターは、一連の不審火によって、ついに昨日、死者が出た事を伝えていた。 耳障りな音をたてる金属のロッカーを閉めると、みなとは手にした細長い袋を床に立てかけた。 暮れゆく陽に赤く染まる部室には、彼女の他に二つの人影。黙って雑誌を読んでいる長身痩躯の男と、紙に向かってかりかりと作業をしている小柄な少女。漫画研究会のメンバーである、二年生の斉藤司と三年生の崎原よう子だった。 「みなとちゃーん」 「はい?」 不意によう子がみなとを呼ぶ。外見通りの涼やかな声にみなとが振り向くと、よう子は不思議そうな顔で質問してくる。 「今日さ、誰か来たの?『跡』がついてたけど」 「ああ、入部希望の一年生が来てましたよ」 「おー。いいね!」 期待に表情を輝かせるよう子に苦笑しながら、みなとは事の顛末を伝えた。新入部員の話に瞳を輝かせていたよう子はしかし、入部希望の海人が転入生であることを知ると、困ったように眉をひそめた。 「転入生ねぇ……。じゃぁさ、『ここの事』も知らないんだ」 「そうですね。適性は有りそうでしたけど、よく知らないうちに入れちゃうのもどうかと思って帰ってもらいました」 「まぁ仕方ないねぇ。いきなりだったら驚くしね」 「そう言う問題でも無いですけど」 そのまま雑談していると、不意に部室のドアが開く。 「遅れて申し訳ありません」 入ってきたのは中肉中背、どこにでも居るような目立たない印象を受ける男子生徒だった。 生真面目な顔をして、部室の一角に備え付けられたホワイトボードの前に陣取る。 「部長、もうすぐ引退のくせに遅刻とは。たるんでるぞー」 よう子の軽口に漫画研究会部長、岸村亮一はこめかみを掻いた。人の良さそうな瞳が眼鏡の奥ですまなさそうに笑う。 「すみませんね、『お仕事』の話が来ちゃいまして」 亮一の台詞に皆の顔が真面目なものになる。今まで無反応だった司も、静かに雑誌を閉じて顔を上げた。ひととおり全員の反応を確認して、亮一はマーカーを手に取りホワイトボードの前に立つ。 「では、打ち合わせを始めましょう」 |
scene.5 キュッキュ。 部室内に人工的な音が響く。 『第108回 お仕事』 「もう108回になるんだ。結構すごいね。」 亮一のまるで教科書にでも書かれたようなキレイな文字をながめながら、よう子はため息混じりに呟いた。 「お仕事」と書かれた記録用のノートをよう子に手渡しつつ、みなとも同意を示す。 「100回目の時はすごいテンション上がりましたよね。」 「そうそう、テンション上がったわりに内容がしょぼかったけどね。」 確か、校内で失くした学生証を探す、というもの。 みんなが中間試験期間中でピリピリしてる中、漫研部員だけは校内中を探し回ってたなと、みなとは思い出して顔をほころばせた。 みなとが所属するこの漫画研究会は実はまだ歴史が浅く、今年で二年目になる。 初代部長桐原まりが、同年の親友とともに部員を探し集めて、去年立ち上げた。 ただ、集まったのは今部に残っている3人。部発足に最低限必要な8人には至らなかった。 そこで桐原は「学校の、生徒の役に立つ」という事を条件に、漫画研究会発足を自ら校長に交渉したのである。 桐原の熱意に校長が好意で応えた結果が、『お仕事』。 紛失物の捜索や学校行事の裏方など、いわゆるなんでも屋をすることで、この漫研は存続を許されることとなった。 以来、学生や先生方の依頼を受けて、ほぼ無償で『お仕事』を行っているのである。 最初部員の誰もが続かないだろうと思っていたにも関わらず、今や校内中に知れ渡り、当たり前にこなしている。 初代部長が卒業して後も、『お仕事』をすることで漫研の暗いイメージもある程度(多分)緩和できているし、『お仕事』の内容は漫画のネタにできるし、たまに報酬くれるいい人もいるし、ということで今更文句を言う事もないと、部員達は納得して『お仕事』を楽しんでいる。 ただ、この『お仕事』が部員が増えない理由でないこともない。 みなとが思い出に浸っている間に、亮一はさくさくと全員に資料を配っていった。 A4サイズの資料は2枚。きちんとホッチキスでとめられているところが、几帳面な亮一らしい。 「えー、今回のお仕事は…」 その声に我を取り戻し視線を資料に落としたみなとは、見知った顔と眼が合い、思わず目を見開いた。 それには気付かず、亮一は言葉を続ける。 「転入生、喜屋武海人のプライベート調査です。」 すかさずよう子が、はいはーいと手を上げた。 亮一は手だけで、どうぞ、と先をうながす。 「あのさ、個人のプライベートに踏み込むことはしないのが原則なんじゃなかったっけ?」 「まぁ、そうなんですけど。今回はちょっと事情が違うんですよ。」 「事情って?」 「依頼主が…僕の元彼女なんですよ。」 「はいっ!?」 「あ、いや、それは冗談ですけど。」 思ったより冗談が通じなかった事に頬を赤らめつつ、亮一は続けた。 「依頼主が校長…というか学校側なんです。」 「へーえ、それはまた、規模が大きいねぇ。」 「はい。理由は詳しく聞けなかったんですけど、すごく真剣に頼まれたので、断りきれなかったんです。」 「ふーん。学生一人に学校がねぇ…。なんかすごいなぁ。 まぁ、依頼主が学校ならそこまで気負わなくてもいいよね。部長はやってもいいと思ったんでしょ?」 「はい。プライベートと言っても校内での様子をみるだけでいいらしいので。」 ならいいや、と退いたよう子を確認して、亮一はみなとと司に目をやった。 「みなとさんと司くんは何か意見ある?」 司は無言で首を横に振る。 みなとは、はいと小さく手を上げた。 「はい、みなとさん。」 「あの、この子、今日の昼休みここに来ましたよ。」 「この子なの!?」 よう子がなぜか嬉しそうに声を上げた。 「はい。」 「じゃあ、入部させちゃえばいいんじゃない?色々訊けるし。」 「でも先輩、なんか騙すみたいで少し気が引けません?」 「そうだけど……部員は欲しいな。」 困ったよう子は亮一に顔を向け、意見を仰ぐ。みなととよう子の会話で喜屋武海人が漫研入部希望者だと悟った亮一は、うーんと唸りながらも口を開いた。 「…大丈夫だと思います。ばれないようにすれば…。」 「ってことは?」 「入部してもらっちゃいましょう。」 結局、喜屋武海人にどうやってばれずにあれこれ訊くか、ということを話し合っているうちに陽はすっかり堕ちて、解散時には午後9時を回っていた。 丁度その頃、海人の自宅に差出人不明の小包と手紙が届いた。 手紙には一行のみ。 『放火魔、喜屋武海人様へ』 |
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