リレー小説 vol1 B
『職務怠慢』3p
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scene.6 それを見た瞬間、海人がとった行動は一つ。 それを持って公園まで行き、ゴミ箱に無造作に放り込んだ。 「こういう性質の悪い冗談は無視するのが一番!」 冗談と決めてかかれば無駄に悩む必要もないし、放火魔なんて身に覚えのない事なのだから罪悪感を感じる必要も全く無い。こういうものは悩むだけ無駄だと海人は今までの転校ばかりの人生から学んでいた。 「そう、前に進まなければ何も得られないんだ」 海人はすっかり忘れていた。今までの学校生活では自分がオタクであることを周りに打ち明けられず、悩んでいた。そんな自分を変えるチャンスとして、何が何でも漫研に入ろうと心に固く決意したはずだった。それなのに、ネガティブな考えで物事を悪いほうに捉えてしまい、入部を諦める事すら考えてしまっていた。 「よし、こうなったら当たって砕けろだ」 誰も居ない公園で一人呟くと、海人は再度入部試験を受ける決意をした。 そして翌日。 決心した海人は何が起きても動じなかった。朝から先生にいくら注意されても、チョークを投げられても、廊下に立たされても、一心不乱に入部試験のイメージトレーニングをし続けた。その光景は傍から見たら明らかにいっちゃってるようにしか見えないほどであったが、海人の頭にはもはや漫研に入ることしかなかった。 そうして迎えた放課後。 「やるべき事は全てやった」 脳内のありとあらゆる細胞を駆使して妄想しまくった海人に怖いものなど全く無かった。 全身にオーラを纏い、いわゆる無我の境地にまで達した海人は部室の前に立つと勢いよく開け放った。 「たのもう!」 そこにいたのは、何か作業をしていたらしく作業台の前に座っていたみなと一人だけだった。 みなとは海人の姿を確認すると、慌てて部室の隅に置かれていたホワイトボードを隠すように立ち上がった。 「あ、海人君。君が来るのを待ってたのよ。でも、昨日の今日で来るなんてちょっとびっくりしちゃった」 海人は部室を見渡し、横に置かれていたクイズ本とトランプとジャグリング用のボールを確認すると、不敵に笑った。 「ええ、やっぱり僕は漫研に入りたいんで、試験に今度こそ合格しに来ました」 宣戦布告は済んだ。後は試験開始の合図を待つだけだ。 けれど、リベンジに燃えている海人に告げられた言葉は、あまりにも衝撃的なものだった。 「あ、ごめん。転校生には入部試験は無しで良いんだって」 「……え?」 「あはは、驚いた? 私も昨日知って驚いちゃったよ」 茶化すような言い方は性格だろうか。人によっては不快かもしれないが、今の海人にとっては……。 「私は良く知らなかったんだけど、転校生ってなかなか部活とか入るのって大変でしょ? だから部の特例として、転校生は無条件で入っても良いってことになってたみたいなの」 その時、海人の中で何かがはじけた。 |
scene.7 「わおふっ!?」 突然自分の中で何かが疼くっ!と思ったら、胸ポケットに入れておいた携帯がバイブしているだけであった。何だか盛り上がってきていた緊張感があっけなく吹き飛ばされて、唖然としていたので必要以上に驚いてしまった。 「何!びっくりさせないでよ」 みなとは突然の海人の奇声にうろたえていた。海人は携帯を開き、その人騒がせなメールを見た。 そして海人は絶句してしまった。 『放火魔、喜屋武海人様へ』 カッと携帯をたたんだ。 何でコイツは僕のメ−ルアドレスまで知ってやがるんだ?あれかな、ちょっと好奇心でのぞいたアダルトサイトのせいか?それともあの通販がまずかったのか?いや普通に考えたら知り合いという可能性も、などと頭の中でぐるぐるやっていると、 「ねぇどうしたの?振り込め詐欺のメールでも来た?」 みなとが携帯を見た後黙っている海人に声をかける。 「いっ、いえ、何でもないです、はい」 ギクリとしてとっさにそう答えて携帯をしまう。そこへ、 「こんにちわー」 背後のドアが開き、振り向くと、小柄などこか気品だだよう少女が立っていて、海人と目が合った。 「あっ、もしかしてあなたは」 そこへ、後ろからみなとがヒョイと出てきて、 「やっほー、よう子さん、はい、この子が昨日言ってた喜屋武海人君。今日から我等が漫研の一員になりましたー」 「はじめまして、喜屋武海人です。……あれっ、ていうか昨日僕みなとさんに名前言いましたっけ?」 「えっ、ああ、うちはね、部の性質上、学校の情報が入ってきやすいのよ。転校生の名前ぐらい当たり前なんだってば」 あははと、みなとは少しあせって受け答えた。 「部の性質上?」 「なんだみなとちゃん、まだ教えてなかったの?」 「てへへ、ごめん」 みなとは苦笑して、海人に向き直って説明した。 みなとの説明によると、漫研は学校との契約上、校内からの依頼をこなす何でも屋でもあるそうなのだ。 「それでその、やっぱ雑用させられてるみたいで嫌かな?」 「いえ、そんなことないですよ、結構面白そうだし、この学校にも早く馴染めそうですし」 海人がそう言うと、みなとの顔がパァッと明るくなる。 「さぁっすがぁー、それじゃあこれで君は正式に私達の一員だね。おお兄弟!」 そう言ってみなとはガバァッと海人に抱きついてきた。何かメキメキいうぐらい苦しい上に、かなり恥ずかしいものではあったが、自分が受け入れられているという感じがしてすごくうれしかった。 この時は、あの奇妙な嫌がらせに対するくすぶりは薄らいでいた。 |
scene.8 海人はそろそろ息苦しくなっている事に気がついた。何せ、先刻からたっぷり五 分、みなとにしっかりと抱きすくめられているのだ。外見とは裏腹に彼女の膂力は凄まじく、二酸化炭素を吐きだして空いた肺の容量を新たな空気で満たそうとしても、普通に呼吸していたのでは到底不可能だった。思いっきり息を吸い込もうにも、こうも密着している状態ではそれも叶わない。ただでさえ、慣れないハグで真っ赤になっていた海人の顔色は、次第に青ざめていった。 「みなとちゃん、みなとちゃん」 そんな二人の様子をじっくりと楽しんでから、よう子はようやく声をかける。 「海人くん、顔色悪いけど大丈夫なのかな?」 「……え?」 我に返ったみなとがのぞき込むと、そこには酸欠で紫色に変色しつつある海人の顔があった。意識はとうに途切れて、うわごとのように「ギブ、ギブ……」ととなえている。 「おひゃああ、保健室、警察、霊柩車あぁぁ!?」 「どうどう、慌てない慌てない。保健室行くほど酷くもないし、警察呼んでも面倒だし、霊柩車にはまぁまだ早すぎるし。……とりあえず、寝かせておけばダイジョブだよ」 やれやれとばかりに肩をすくめるよう子は両手を自分の背中にまわすと、一体何処にしまっていたものか、大人二人が余裕を持って寝ころべるサイズのタオルケットを取り出した。素早く二つ折りにして、片隅に鎮座している古い応接ソファに敷く。 みなとと二人がかりで海人を寝かせると、これまた何処から取り出した物か、ほどよく冷えたおしぼりを出現させ、海人の額にあててやる。 「ほい、これで良し。あとはまぁ、司と部長が来るまでお茶でも飲んでよっか」 新入部員を失神させるという失態に気落ちするみなとの肩をぽんぽんと叩くと、部屋の真ん中に設置されたテーブルに次々とお茶の用意をしていった。 因みに、この部屋にはポットもやかんもコンロも無いはずなのだが、わずか一分足らずの間に、漫研部室は立派なティーパーティ会場になっていた。 転校には慣れていた。 親はいる。兄弟もいる。 でも、彼らは僕に近づこうとはしなかった。 後天性環境同調不全症候群、AETIS(エイティス) 今から十年以上も前、南九州を起源として発生したこの病は。 病原菌が存在しないにも関わらず。 感染者と一切接触していないにも関わらず。 瞬く間に国中を駆けめぐり、そして消えた。 発生から一年にも満たないごく短期間で姿を消したその病の共通点。 発生の期間のうちに、誕生した新生児だった者たち……。 AETISが人間にくれた物は単純明快。 有るべき物が一つ欠けている代わりに、無いはずの物が一つ備わっている、そんな世界。それは、心はないけどコンピュータ以上の演算能力だったり、指がないけど触れずとも物を動かせる超常の力だったり。 欠けている部分が見えている子は良い。そこに何をあてがえば人として成り立つかがわかるから。 突出している部分が知れている子は良い。その力の便利さも恐ろしさも判断できるから。 僕にはそれがなかった。 有るはずの欠陥も、有るはずの能力も、どちらもない。 普通であることが、異端という事実。 それが僕の、喜屋武海人の世界だった。 |
scene.8.5 「……だからこそ、彼は『普通』とはまた一風変わった趣味嗜好を持つに至ったのでしょう」 西日の差す校長室で、亮一はレポート用紙数枚に纏められた報告書を提出した。遠くからは、部活動に精を出す野球部のかけ声が聞こえてくる。普通の学生の、ごく普通の暮らし。 うけとった報告書をざっと斜め読みした校長は、目線はそのままに亮一に問う。年相応に薄くなった頭に夕日がきらりと光り、呼応するかのように亮一の眼鏡も光を放つ。 「揺さぶりにも、まったく反応はないのだね?」 「有りません。……ですが、あれは本当に必要な措置だったのですか?」 「無論だ。彼が何も関わりがないことを確かめなくては、夜もゆっくり眠れない」 それまで直立を保っていた亮一が、初めて大仰なリアクションをしてみせる。深くため息をついて、眼鏡のブリッジを右人差し指で押し上げた。 「校長先生の安眠はともかく、学生が学生に対してあのような行為に及ぶのは、好ましいとは言えないと思いますが」 あからさまな非難にも、校長はにやりと笑ってみせた。 「我が校には、余計な行動を起こすだけの無駄な予算はなくてね…。それに、君たちの存在意義を取り上げるわけにもいかんだろう?さもなくば、君たちの部は存続すら危ういのだから」 小馬鹿にしたような態度にこみあげる怒りを心中抑えつつ、亮一は退室する。 「入部させるのだろう?せいぜい仲良くしたまえ。不審な点が有れば即報告できるようにな」 最後の言葉に亮一は何も答えず、校長室の扉を静かに閉めた。 海人が目覚めたのは、丁度先輩らしき男子学生が部室に入ってきたときだった。包容感漂う雰囲気に、部の幹部クラスかと山勘をたててみる。 「ぶちょー、新入りだよ」 先ほどよう子と呼ばれていた小柄な先輩が軽薄そうに呼ぶのを聞いて、自分の勘が的中したことを知った。 部長と呼ばれた男子学生は、にこりと笑いながら眼鏡のブリッジを押し上げる。蛍光灯のあかりがきらりと反射して少しまぶしい。 「ようこそ、漫研へ。これからよろしくです」 朗らかに挨拶する部長岸村亮一の側から、大きめの手が突然伸びてくる。見ると、明らかに自分より頭二つ分以上は背の高いやせ形の男子生徒が握手を求めていた。それに応じると昔見たアニメ映画に出てくるような、どこかぎくしゃくした動作で握ってくる。 「こちらは、斉藤司くん。二年生で…」 無言の司に代わって亮一が紹介すると、司は照れくさそうに笑う。 やがてカップを洗いに行っていたみなとが戻ってくると、部室は更に賑やかになった。 部員の増加という大きなイベントに湧く漫研の部室を見ているうちに、新しい気持ちで歩いて行けそうな予感と一歩踏み出せたことの満足感が、海人の胸に満ちるのだった。 完. |
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