リレー小説 vol2 B

『春一番なんて来やしない』1p

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 今年、僕は大学生になって初めての春休みを迎えた。
 実家から遠く離れたこの沖縄の地は、沖縄の大学を受験すると決まってから僕に多大なストレスを与え続けていた。住み始めてからも、夏場の焼けるような暑さや駆除しても駆除しても湧き出てくる黴や冬場に尚も残る湿気は、慣れない独り暮らしも相まって、日々僕をイライラさせ続けた。
 まだ沖縄にそんなストレスが待っていようとは予想だにしなかった僕が沖縄の大学を受験しようと思ったのは、何てことない、試験が簡単だったからだ。別に大学に行って何がしたい訳でもない。就職するには早すぎると思ったし、高校が進学校だったから周りに便乗しただけだ。地元から離れたかったのもあるかもしれない。なんとなく、あの地でずっと家族や知り合いに囲まれながら一生を送るのに疑問を持ってしまったのだ。
 親も特に反対すること無く、僕の沖縄行きが決まった。友人や親戚の誰もが、「沖縄に行くんだって?だったら遊びに行くよ!」と冗談とも本気ともつかない笑顔で僕に言った。
 しかも、そんなに親しくもないクラスメイトまでそんなことを言ってきた。
本当に冗談じゃない。何のために地元を離れようとしていると思っているんだ。
 それが僕の、受験前のストレスだった。


 沖縄の不便な生活にも諦めがついた春休み。
 暇を持て余していた僕にとんでもない電話がかかってきた。
「何だって?」
『だから!お前今春休みで暇なんだろ?俺も暇なんだよ。それでさー、ちょっと沖縄旅行したいんだよね。バイトで貯めた金もあるし』
「何が言いたいんだよ」
『要は泊めてくれってことだよ。案内も頼みてーしな』
「ちょっと待て。いきなり何言ってんだよ。こっちの都合も考えろ」
『何だよ。何か用事でもあるのか?』
「……」
『ほら。ねぇんじゃん。つーか、もう行きの飛行機とってあるんだよねー。ほら、やさしー智樹君、もう泊めるしかないよな?ついでに観光案内もしてくれよ!』
「おい!待て勝手に……」
『よろしく頼んだぜ、西村智樹!!』
 奴、及川晃は僕のフルネームを叫んで通話を一方的に切ってしまった。
 僕はツーツー鳴る携帯電話を耳に当てたまま、呆然と立ち尽くしていた。
 及川は僕にとって「あまり親しくないクラスメイト」の部類に入る。
 確か、及川といえば、高3の時僕と同じクラスでわりと目立った存在で人をフルネームで呼ぶ癖がある、ばかに行動が目に付く奴だ。及川の周りは常に笑い声が絶えないような、僕とは正反対の人間だ。
 そんな及川が僕の住む沖縄に来ると言う。
 本当に、冗談じゃない。
 しかし、僕は結局断ることができず、空港まで及川を迎えに行くことになったのだ。



 3月8日木曜午前十時那覇空港一階ロビー。
 まるで及川を歓迎するかのように晴れ渡った上空をガラス越しに眺め、僕はため息を一つ吐いた。

 「まぁ、雨よりは、いいか…。」

 雨の日に早朝から家を出るなんて、考えただけでも嫌気が差す。それもまるで人の都合を考えてないようなやつに振り回されての事ならなおさら。
 これから一週間、及川と生活を共にするのかと思うとまたため息がでた。そこに大きな声。

「西村智樹!」

 …この恥じらいもなく公共の場で他人の名前を呼ぶあたりが及川晃だ。
 振り返るのですらうっとうしいと思いながらも顔を向けると、もちろんそこには及川…

「!?」

 満面の笑みを向けてこちらに近づいてくる、その笑顔は確かに及川。だか、高校時代とはちがい、その短髪はこれでもかというほど脱色され、金髪というより白髪に近い。いや白に近いクリーム色?
 そう、まるで香取伸吾。
 そういやあいつ、顔も香取伸吾に似てるって言われてたな。
 というか、瓜二つ。

「おー?なんだ、呆けた顔してよ。久しぶりに会ったってのに。笑顔で迎え入れてくれたっていいだろー」

 なんか声まで香取伸吾に聞こえてきた。

「あー、この髪に驚いてるんか。いいだろー、香取伸吾みたいで。あはは、時々間違えられるんだぜー。」
「…あー、自覚はあるんだ。」
「…第一声がそれ?」


 朝から何も食ってないと言う香取伸吾、もとい及川晃と空港内のファーストフード店で食事を済ませた後、僕たちはとりあえずアパートに向かう事にした。

「レンタカーなんて、高いんじゃないのか?」
「あー?まぁ、どうせ観光すんなら移動費かかるだろうし。やさしー智樹君のおかげで宿泊代が浮いたからなー。」
「ああ、感謝して欲しいね。」
「ぶはははっ、お前も言うようになったなー!悪い悪い、それなりに感謝の気持ちは表明するから。」
「…期待しないでおく。」


 期待してはなかったのに。
 アパートに荷物をおいてまもなく「沖縄といえば海!海に行ってくる!」と言って出てった及川は、自分で吊り上げたらしい魚を数匹持って帰ってきた。それと冷蔵庫に残っていたもので、及川は夕食を作ってくれたのである。
 及川の自称沖縄風節約料理は、正直、かなりおいしかった。食事中にしてくれた「海で会った変な人の話」も面白くて、大笑いしてしまった。
 沖縄に来てイライラする事が多かったのに、今朝も気分は最低だったのに、今はとても気分がいい。
 忘れてた。及川はこういう奴だった。人気があったのもわかる。
 自分勝手な所もあるが、サービス精神旺盛で人を楽しませようとしてくれ…

「おーい、西村智樹ー、この写真なんだけど…」
「!!おいっ、なに人のカメラ勝手にっ…」
「いーじゃん、減るもんじゃないし。それより、これ何の写真?」

 っっ〜!やっぱこいつは傍迷惑な奴だ。
 普通、本人の許可なしに見るか!?
 くそう、ほだされかけたっ。
 お前に関係ないと怒鳴ってやろうとも思ったが、こいつ相手だと逆に空しい気がする。

「…写真部の集合写真。」
「へー、お前写真部なんだ。でも、写真部ならこんなデジカメ買うより、一眼レフとかのがよかったんじゃないか?」
「そんなの、高くて買えるか。それは貰ったんだ。」
「ふーん。それより、この人…誰?」
「…4年の、友寄明菜先輩だけど。」
「やっぱり!あき姉ちゃんだ!」
「は?」
「このえくぼとおでこのほくろ!うおーっすげー!!」
「え、知り合い?」
「西村智樹!俺をこの人に会わせてくれ!」
「…なんでだよ。」

 その後、及川の熱意に押される形で、僕は明日の朝先輩に連絡をとることを約束して、床に就いた。及川の分の布団はないと告げると、彼はこともなげに「もともと雑魚寝するつもりだったぜ。」と言った。また少しほだされそうになった。
 結局、及川と先輩の関係は聞けないまま、僕は及川に追いかけられる夢をみた。




 目が覚めると、パジャマ代わりに着ているTシャツが汗でじっとり濡れていた。肌にまとわりつく感触がどうにも気持ち悪かった。
「こいつのせいだ」
 つぶやく僕の隣で、当の本人、及川は実に平和そうな寝顔をさらしていた。
 及川が起きたのはそれから3時間後、昼近くになってからだった。
「なあ西川智樹、もったいぶらずに早くあき姉ちゃんに電話してくれよ!」
 朝食、兼昼食を急いで食べると、及川は早速そう言ってきた。
 その前に友寄先輩との関係を話せ、とか本当は言ってやりたかったが、どうせなんだかんだで自分が押し切られてしまうのがわかっているので、僕は黙って携帯電話のボタンを押した。
 電子音、着信音、そして――
「あれ?」
「どうだ、あき姉ちゃんなんだって!」
 及川が僕から携帯電話を奪いかねない勢いで詰め寄ってきて……、そして本当に奪い取る。
「あき姉ちゃん! 俺、俺だよ! 晃だよ! ……って、アレ?」
 及川はこっちを不思議そうな目で見ている。
「人の説明はさ、聞いた方がいいよ」
 及川の持つ携帯電話から、留守番メッセージの記録開始の合図である気の抜けた電子音が響いてきた。
 1時間ほど経ってから2回電話をかけたが、結局留守のままで、その理由がわかったのはそれからさらに1時間後だった。

 写真部の部室に備えつけの棚から2回生の仲村耕治先輩が地図を出してきた。
「ここが大学、んで、友寄さんがいるのが……大体このあたり」
 本部半島の東側に指で小さな円を作りながら仲村先輩が説明する。
「あー、このモトベ半島ってとこですね」
「モトブ、だよ」
 及川の間違いを僕が指摘する。
 それにしても、駄目もとで来てみた部室に友寄先輩が写真を撮りに行った先を知ってる仲村先輩がいて幸運だった。
「夕焼けを撮るとか言ってたし、今から行けば問題なく会えるんじゃないかな。にしてもだね」
 仲村先輩が及川を見る。
「君、すごいね。わざわざ内地から会いに来るなんてさ」
「いやー、グーゼンですよ。たまたま西村智樹が見せてくれた写真にあき姉が写ってましてね。いやもう、これは会わねばなるまい! とか思ったわけです」
 ……いや、写真はお前が勝手に見ただけだし。
「んじゃ、ホントにありがとうございました、えーと、仲村さん。それじゃ、とっとと行くぞ、西村智樹!」
 及川は仲村先輩へのお礼もそこそこに部屋を出て行く。
「おい、ちょっと待てって……。まったく、仲村先輩、どうもすみませんでした」
「別にかまわないけどね。それより彼と友寄さんってどういう関係なわけ? 昔の幼馴染とかなんか?」
「すみません。僕もよく知らないんですよ。なんだか聞くタイミングを逃してまして――」
 突然、窓の外から僕の言葉を遮るように
「西村智樹ー! 早くしろーー!」
 という及川の声が響いた。見ると、窓の外から及川がこっちに向かって叫んでいる。しかも大げさな身振りつきで。おかげで彼は周りのサークルの人からすごい注目を集めている。
「まったく、すみません仲村先輩」
「いや、あんなに急ぐほど彼にとっては友寄さんが大切な人ってことでしょう。ま、気をつけてね。ついでに、後でどんな関係か教えてねー」
 そう言って仲村先輩は笑った。
「春だってーのに、沖縄は暑いなー、西村智樹。早く車に乗ってクーラーかけようぜ」
 そう言って及川は小走りで車に向かう。
 後を追う僕の歩調も速い。でも、それは及川のせいで僕まで注目されるのが嫌だからだ。
 及川が、車の前から僕をせかす。
 まったく、人の気も知らないで……このマイペース野郎、そんなことを思いながら僕は車に乗り込む。
「それじゃ、ちょっとかっ飛ばすぜ。ナビは任せた、西村智樹」
 そう言って、及川は車を発進させた。


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