リレー小説 vol2 B

『春一番なんて来やしない』2p

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 陽も傾きかけてきた頃、写真部の部室では仲村がもくもくと写真の整理をしていた。そこに、一人の女性が顔をのぞかせた。

「こんにちはー」
「あれ、みなとちゃん?休日なのにここ来るなんて、めずらしいね。」
「デジカメ忘れたんでとりにきたんですよー。漫研の部会もあったからついでに。」

 みなとは、そう言って部室の奥の棚まで行くと、いかにも女性が好みそうな赤い薄型のカメラを手に取った。
 宮城みなと、彼女は漫研で部長を務めながら、写真部にも書記として所属している。その働きぶりは評判で、他にも色んな所からのオファーが来るほど。本人いわく「こういうスキルは高校時代に鍛えられたもの」らしい。

「あれ?なんか写真増えてる?…え!香取伸吾!?」
「あはは、違うよ。智樹君の友達。ごめんね、カメラ勝手に使って。明菜に会いたいって来てたから、あとで明菜が確認出来るようにと思ってさ。」
「へー。そういえば明菜さん、今日は瀬底島ですね。」
「そう、だから今行けば会えるんじゃないかって言っといた。」
「え?でも、この写真撮られたのって2時過ぎ…。明菜さん3時頃に帰るって言ってましたけど…?」
「…なーんだ。みなとちゃん、明菜からそこまで聞いてたんだ。」
「知ってて行かせたんですか!?…まさか、明菜さんに会わせたくないからって意地悪したんじゃない…ですよね?」

 仲村と友寄明菜は去年の夏から付き合っている。ただ、明菜の希望で部員の殆どはその事実を知らない。明菜と親しいみなとだけは、本人から最初に聞いていた。

「「あはは、やだなー。僕が明菜の客人をわざわざ、そんな理由で追い返すわけないでしょー?そんなことしたら明菜におこられるよ。」
「で、ですよねぇ。」
「ただ、彼がドアを勢いよく開けたもんだから驚いちゃって、拍子に明菜にあげる筈だった写真のデータ消しちゃってねー」
「…やっぱり嫌がらせじゃないですか。」
「あはは。でもまぁ、もしかしたら明菜まだ瀬底にいるかもしんないし?瀬底なら観光も出来るからいいんじゃないの。」
「仲村先輩って、怒り方ひねくれてますよね…。」
「そう?」

 明菜さんがからむと見境なくなるしなぁ…そう思いながら、みなとはカメラの中の及川と智樹を哀れんだ。
 及川の写真の分だけデータを移そうと、仲村がみなとからカメラを受け取ったとき、きぃという金属音とともに部室のドアが開いた。
 「ただいまぁ」という声とともに入ってきたのは、赤みがかったストレートヘアをキレイに肩ぎりぎりで切りそろえた、細身の女性。

「明菜さん!ほら、帰ってきちゃったじゃないですか、仲村先輩。」
「ん?何の話?」
「おかえり。さっき明菜にお客さん来てたよ。」

 責め立てるような目を向けるみなとを無視して、状況が飲み込めずに笑顔を向ける明菜に仲村は及川の写真を見せた。
 その瞬間、先ほどまでの明菜の笑顔は一気に青白くかわった。

「晃くん…っ。なんで、彼がここに…沖縄に…っ。」
「観光らしいよ。智樹くんの友達だって…」
「いま、どこに居るの!?瀬底島には行かないように言わないとっ。」

 すごい形相で聞いてくる明菜に仲村は驚きつつ、冷静に答えた。

「二人で今、瀬底島に向かってる。」





 瀬底大橋にさしかかったところで、僕は我慢できずにつぶやいた。

「おい…。お前、運転下手すぎじゃないか?すごい、気持ち悪い、んだけど…。」
「んーそうか?まぁ丁寧なほうじゃないとは思うけどな。」
「…うっ…。」
「悪い悪い、もうすぐで着くから我慢…っ」

 いきなり言葉を切ったのを不思議に思い顔を向けると、及川は苦しそうに顔をゆがませていた。冗談かと思ったが、汗も尋常じゃないほどにあふれている。

「お、おい!どうした!?」
「あはは…車酔い?やっぱ、運転下手なの…かもな…っ。」
「さっきまで飄々としてた奴がそんな訳あるか!いったん車とめよう!」
「ああ…、そう、だな。」

 及川の急変に慌てふためいてるところに携帯がなった。画面には、今まさに会いに行こうとしていた『友寄先輩』の字。

「もしもし!友寄先輩ですか!?」
『智樹君、今どこ!?晃くんも一緒なんでしょ!?』
「はい、及川も一緒です。今は、瀬底大橋…」
『っ…はやく引き返して!じゃないと…』

ドドドドドドドドドドドド…

 いきなり地面が揺れだした。
 思わず窓の外を見ると、海から何かがせり上がってくるのがわかった。
 ゴォォォーという音とともに巨大な影が現われる。それは…

『智樹くん!?どうしたの!?なにかすごい音…』
「先輩…なんか海から巨大な…」
『巨大な!?』
「僕っぽいものが…。」

 そう、まさに僕。顔も髪型も服装もまさに今の僕と同じ。
 これは…なんなのか…。

『っ…やっぱり』
 何が、やっぱりなのか…。
『簡単にいうとね、それは多分、晃くんの一部なの。元は石ころみたいなものなんだけど、晃くんが近づくと、その身近にいる人の姿かたちを模倣して巨大化するっていう…』
 …へぇ…。
『とりあえず今からそっち行くから、待ってて!』
 そりゃぁもう…
「是非、お願いします。」

 ふと見ると、さっきまで苦しそうに唸っていた及川が寝息を立てていた。




 その顔を見ていると、安堵以上に怒りがこみ上げてくる。
「ったく、夢の世界へ行きたいのはこっちの方だっつーの……」
 そこでふと思いついて、思いっきり頬をつねってみる。
 すると――――――――――――――――――――――――――――――――――泣きそうなくらい痛かった。っていうかちょっと泣いた……。
 痛みで少し冷静になった僕は、その冷静な頭でもう一度窓の外に見えるものを確認してみる。
 石(及川の一部?)で出来た推定全長150m以上の僕は、どんなに開いても漫画のキャラのように細い一重の目、低めの鼻、身長に対して決して長いとは言えない足、筋肉の余り付いていない頼りない腕、情けないがそのどれをとっても僕そのものだった。
(せめて奥二重だったらなぁ……)
 おかしな所といったらそのサイズと、生身の僕なら絶対しない(というか出来ない)ポーズ位だ。
 100倍スケールの僕は、左腕を真っ直ぐ上に伸ばし閉じた手を100度程に曲げながら上に向けていて、左腕は折りたたまれ海面と水平になるように伸ばしていた。さらに、左足は膝を外側に下げやや上向きに爪先まで足先を伸ばし、右足は右手と垂直な角度で伸ばし爪先のみで全身を支えている姿勢だ。おまけに体は若干後ろに傾き、顔全体で驚きを表しているそのポーズは……完全無欠の『シェー』だった。
(っていうか、何故にシェー? いや、確かにあの時驚いてたけどもさ。だからって『シェー』は古すぎだろ、『ガビーン』ならまだしも……)
 いくら真剣に考えようとしても、頭の中にはどうでも良い事ばかりが駆け巡る。やっぱりそう簡単に冷静になんてなれないみたいだ。
 とにかく、夢でも見間違いでもなく海から巨大な僕が生えている――この現実を受け入れるしかないようだ。
 そう考えると、頭と胃が同時に痛くなってきた。きっと、僕の体のストレス限界許容量を越えたんだろう。
 何はともあれ今の僕に出来る事は、及川が起きるか友寄先輩が到着するまでひたすら待つ事しかなかった。


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