リレー小説 vol2 B
『春一番なんて来やしない』4p
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「……話、終わったか?」 「及川……」 いつの間にか、車から降りた及川が僕の側に立っていた。 いつもの及川とは思えない悲しそうな顔で友寄先輩を見ていた。 「なあ、及川。本当なのか?……その、とてもじゃないけど信じられない」 突拍子もないといえば突拍子もない話に、どう反応していいのか分からなかった。 泣き崩れて嗚咽を上げている先輩はどう見ても演技にはみえない。 でも、俄には信じ難い話だった。 「本当だよ。信じるか信じないかは智樹の勝手だけどな」 及川らしくもない答えだった。 疑い半分だがこれ以上言い合っても仕方がない。 それよりも気になるのは及川のことだ。先輩は答えられる様子ではなかったので及川に質問することにした。 「それで、及川はその後どうしたんだ?」 「最初は常識やら戸籍やらが無かったからな。まず、あき姉や睦美から常識を叩き込まれた。そのうちあき姉の家族にばれて大事になったんだが、いろいろあって睦美……ああ、あき姉の従姉妹な。睦美んとこ父子家庭なんだけどさ、親父さんが俺を子供にしてくれたんだ」 睦美は俺の生みの親だけどな。 そう言って及川は自嘲気味に笑った。 「睦美は特別なんだ。なんでもAETIS(エイティス)っていう病気らしいが俺もよくは知らない。ただ、そういった能力を持っていたんだ」 エイティスか……超能力が備わる病気なんて聞いたこともない。 もしそんな病気があったとしても、もう僕は今日の事で一生何があっても驚けないに違いない。 「で、俺が世間に出てもやっていけるレベルが高三ぐらいだったってわけ」 「そういえばお前、一、二年のとき噂にもならなかったな。僕と同じクラスだった時はあれだけ目立ってたのに」 「あっはっは!そういう訳ですよ」 昔話をするうちに調子が戻ってきたようだ。 同時に、友寄先輩も(鼻をすすっているが)立ち直ったようだ。 「前に私の持ってる方の石が晃君に反応して巨大化したことがあったの。その時は三メートルくらいだったんだけど、今回のはちょっと凄すぎたかな」 涙ながらに先輩は言ったが、ちゃんと笑顔だった。 「そういえば、何故石が海にあったんですか?」 僕は最後の疑問を口にした。 「勝手な話よ。私は自分の過ちから逃げたくて遠くの沖縄の大学を受験した。でもそれは石を捨てるためでもあったの。また巨大化したら困るからね。だから沖縄に来た年にこの瀬底大橋から投げ捨てたのよ。まさか晃君が沖縄に来るとは思わなかったけど……」 「まあ、しょっちゅう巨大化されたら困るしなー」 及川はのんきにそう言っているが、及川の分身ともいえる石が壊れたら自分は死ぬかもしれないという危機感はないのだろうか。実際、三年以上海の底にあって何ともないのなら危険性は無いといっていいのだろうが。 「先輩、一ついいですか?」 「何?智樹君」 友寄先輩は、例の綺麗な顔で僕に振り向いた。 僕はもう先輩に何も魅力を感じてはいなかった。 「及川のこと、過ちと言わないでほしいんです。石から生まれて孫悟空みたいな奴ですが、バイトもするし沖縄旅行もする、人間なんです。 そして、及川は僕の友人です。友人のことを悪く言わないで頂きたいです」 僕は少し冷たい言い方だったかなと思ったが、先輩はふっと優しく笑った。 「そうよね。戸籍もあるし、晃君は立派な人間よね」 僕と先輩があまりに及川のことを人間人間と言うので照れくさくなったのだろう、及川は逸早く車に乗り込んで、早く帰ろうと促した。 僕らはくすりと笑いあい、それぞれの車に乗って瀬底大橋を後にした。 |
3月12日日曜午前十時那覇空港一階ロビー。 及川の店員に商品についていちいち質問している声が、離れた僕のところまで聞こえてくる。 その後姿を眺めながら、僕はこの一週間のことを振り返っていた。 (たった一週間だっていうのに、ホント色々あったよな……) 始まりは、あの急な電話――。 高校の頃から何も変わってなかった及川。僕にとっては苦手な、強引で人の迷惑なんかこれっぽっちも考慮してないいい加減な奴。 (でも僕は、及川のことを何も知らなかったんだ……) 電話から3日後、奴は本当にやってきた。 人の事をわざわざ人前でフルネームで呼ぶマイペース人間は、香取伸吾のようだった。それに気付いた僕に、あいつは笑って自分から時々間違われるんだぜーっと言った。本当に屈託の無い笑顔だった。 そして気が付けば僕は、及川のペースに巻き込まれていた。いつでも楽しい事しか見てない、そんな所に僕の気持ちも動かされかけていたような気がする。 (でも僕は、自分に無いものを持ってる及川が何だか眩しくて、悔しくて、認めることがなかなかできなかったんだよな……) そして、運命の日。僕が及川のことを本当の意味で知った日。 正直、あれがたった一日の出来事だったなんて、今でも信じられない。 最初、異様に友寄先輩に会いたがる及川に押し切られ、僕たちは先輩を探すことになった。 そこでたまたま仲村先輩に会って、そこで友寄先輩が瀬底島に居ると聞いて向かうことになった。 ――後で友寄先輩から、実は二人は付き合っているということを聞いた。迷惑をかけたお詫びにといって話し始めた割には、「私の彼氏は〜」と話す友寄先輩が、やたら嬉しそうだったのが印象に残っている。 (ホントは誰かに喋りたかったのかな……) その辺はきっと複雑な女心ってやつだろう。 とにかく、ただ二人を会わせて終わりのはずが、及川が倒れて僕が巨大化して、その僕が米軍にミサイル食らって無事だったり、なんて世界中で僕しか体験したことの無いようなトンデモ体験までしてしまった。 (シェーだもんなぁ……) 及川の片割れを通じて繋がった僕を、偏った及川のイメージで再現した結果がアレらしい……。 ――そして、「及川晃」と「友寄明菜先輩」、僕の親友だった「友寄晶」の関係を知った。 (晶、か) 思えば、僕も「晶の死」に囚われていたのかもしれない。 『どんなに近くに居る人だって、急に居なくなってしまう……』 それを小学生にして知ってしまった僕は、人と関わることを恐れていた。恐れていることを認めることもできずに、つまらない退屈な日々にうんざりしながら過ごしていた。 それを完膚なきまでに粉砕してくれたのが、及川だった。及川が余りにも楽しそうに笑うから、いつの間にか僕も自然に笑えていた。 及川と居ることで、僕は大切なものを取り戻せたんだ。 (そう、及川は僕にとって大切な――) |
「西村智樹!」 ……このタイミングを考えず、こっちの思惑を外してくる所が及川晃だ。 見やった及川は両手にこれでもかって程のお土産を抱えていた。 「お、なんだ、泣いてたのか? 来月にはまた会えるってのに、オーバーだなぁ」 「馬鹿! 誰が泣いて――って……え?」 (……今、おかしな台詞が聞こえたような) 一瞬、僕の耳がおかしくなったのかと思い、聞き返してみる。 「今何て言った?」 「あれ? 言ってなかったっけ? 俺来月から本格的に沖縄に住むことにしたから。ついては、しばらく西村智樹宅にお世話になることにしたんだよ」 ……全くもって初耳だった。 (ていうか、したんだよってお前誰の許可をもらったんだ? 少なくとも僕は許可した覚えは無いぞ) 「何のために? っていうか、お前学校だか仕事だかは!?」 「学校はもともと行ってないし、仕事はこっちでまた探せばいいじゃん。それに、やっぱりあき姉の事好きだからさ」 「は?」 コイツはどこまで能天気なんだ……。しかもさらっと爆弾発言してるし。友寄先輩はあくまで姉じゃなかったのか? 「ふっ、もちろんライクじゃなくてラブのほうだぜ! その辺は俺の片割れと繋がったとき感じてただろっ?」 言われてあの時の妙な気持ちの高ぶりを思い出す。 あれは及川の感情が僕の方に流れてきていたのか……通りで。 「でも、友寄先輩にはもう――」 「ストップ! 皆まで言うな、心の友よ。分かってるさ、君が俺の恋の手助けをしてくれることくらいっっっ!!!」 そういって及川は無理やり僕の手を握り、これでもかってくらい握り締めてきた。 「これからもよろしくなっ、西村智樹!」 その時、僕の目には涙が浮かんでいた。あまりにも及川が強く、強く手を握ってくるから――。 「ったく、仕方ないな」 (ま、こいつに流されて生きるのも悪くは無い……かな) そう思った僕の心には、確かに春の風が吹き込んでいた。 ――しかし、そのときの僕はまだ、仲村先輩の本当の怖さを知らなかった。 僕の、ストレスとの戦いの日々はまだまだ続く……。 ――To be continued. |
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