リレー小説 vol4 B

『無題』2p

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4

「ひ、久しぶりだねぇ歩ちゃん!大人っぽくなってたから気付かなかったよ!」
 焦りを隠しきれていない金田。調査中にターゲットに先に気付かれてしまうなんて、探偵失格である。
「久しぶりです……わたしこそまさか金田さんとこんな所で会えるなんて思いもしなかったのでびっくりしましたよ。
近くに住んでるんですか?全然知らなかったですけど」
「あぁ、ちょっと仕事で近くに来て、時間が余ってしまってね。
ところで、大学はどうだい?ってバイト中に話し込んじゃまず」
「うちの父に言われて来たんですか?」
「い」

「どうしたんですか?今にも死にそうな顔して」
 しばらくして戻ってきた安里が、一人俯いている金田に言った。

 金田は窓の外を通り過ぎるM大生の中に歩を捜すふりをしながら安里がパフェを食べ終わるのを待ち、しばらくしてから事務所に戻った。
 その晩、安里を家に帰した後、約束通り歩から電話がかかって来た。

「俺、探偵家業辞めたほうがいいかもな……」
『というか、もっとちゃんとした探偵っぽい仕事に専念した方がいいと思いますけど……
 それに、昨日酔っ払った父が金田さんと飲んだって自分で言ってましたし、最近なんか色々と探りをかけて来てたんで、怪しいなと思ってましたし……でも、まさか図星だったなんて』
「……はは……」
 二日酔いで脳の働きが鈍っていたんだ、と金田は自分を慰めた。
『それで、父には、彼氏なんか居なかったって言って欲しいんですけど』
「え?いや、悪いけどそういう訳にはいかないよ。正式な依頼なわけだから」
『酒の席の口約束じゃないんですか?それに、お父さんが心配なのはわかるけど、私もう大学生ですから!
 こんな事まで親に知られたくはないですよ。恥ずかしいですし……』
「(やっぱりできたのかな)困ったな……宮城さんを裏切るわけにはいかないんだけど」
『でも、家族の間にだってプライヴァシーは有りますよ』
『それに、こんなこと人に頼むなんて……』
 受話器の向こうの歩はだんだん拗ねてきているようだ。

 
『あの、さっきから我侭言ってるのに、悪いんですけど』
「な、なんだい」
なかなか話が進まず、困ってきていた金田はうわずった声をだしてしまった。
『その、実はお願いが有って。今日久しぶりに会って、金田さんなら頼めるかもって……』
「うん…?」
 (彼氏関連の事か?いや、そうでなくても何かヒントくらいは掴めるかも)
『あの、聞いてます?』
「あ、あぁ、聞こえてるよ。頼みって?」


5-1

 受話器の向こうから、歩の息を吐く音が聞こえた。
「これ、私の思い過ごしかもしれないんですけど、誰かにつきまとわれてるみたいなんです」
「つきまとわれてるって、いつ頃から?」
 思いもよらぬ相談に金田の目つきが変わった。
「ひょっとしたら、って思い始めたが先週の金曜日です。友達と学校から帰ってる途中でなんとなく後ろを見たら、少し後ろを歩いてた人が急に慌てるみたいにお店に入っていったんです。その時はそんなに気にしなかったんですけど」
「そしたら同じようなことがまたあった?」
「あ、はい、そうです。今度は日曜日に。前に見た人と同じような感じの人だったから気になっちゃって。それで気をつけてたら、外に出るといつも同じ人がいるみたいなんです」
 少し考えてから金田は口を開いた。
「今のところは、それだけかい?」
「はい、特に何か起きたってわけじゃないですけど。やっぱり私の気のせいなんですかね」
 自分の考えを否定するように言うが、金田には歩の口調はどこか不安めいたものに聞こえた。
「現段階じゃ、わからないとしか言えないね。実際にストーカーみたいな奴が君を狙ってる可能性は否定できない」
「ストーカー、ですか……」
 歩の声のトーンが落ちたのを感じ、金田は慌てて声の調子を明るくした。
「もちろん、勘違いの可能性は十分あるよ。俺じゃあんまり頼りにならないかもしれないけど、できる限りのことはするよ」
「頼りにならないだなんて、そんなこと言わないでください。金田さんならきっと何とかしてくれるんじゃないかなって、そう思って相談したんですから」
 歩は笑いながら言った。それを聞き、金田はほっと息をついた。
「それで、具体的には俺はどうしたらいいかな?」
「そうですね、学校に行ってる間は変な人がいた感じはなかったですから……」
 受話器からは歩のうーん、という声が聞こえた。
「えーと、明日の放課後、4時くらいに今日と同じ喫茶店で会えませんか? そこから調査開始っていうのはどうですかね?」
「俺はそれでかまないよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、また明日」
「あぁ、それじゃあ明日、喫茶店で」
 金田は電話を切り、長く息を吐いた。窓を見るといつの間にか雨が降り始めていた。
「なんだか、厄介なことになっちまったなぁ」
 そう言って金田はカーテンを閉じた。


5-2

 耳障りな雑音と共に小型スピーカーからは男と女の声が聞こえていた。金田と歩の声である。
――あぁ、それじ……した、き……てんで――
 ガチャンという音が聞こえ、それきり小型スピーカーからは雑音しか聞こえなくなった。
「どうやら、間違いないようですね」
 若い男がそう言いながら、スピーカーの隣の機械のスイッチを押した。点滅していた機械の赤いライトが消え、スピーカーも音を出さなくなった。
「しっかし、何でこんな面倒なことをするんですか?」
「理由は二つある」
 若い男に聞かれ、中年の男が答えた。背はさほど高くないが、いかつい顔と、太く、しかし引き締まった体が威圧感を与える男だった。
「一つは、敵を欺くには味方からというやつだ」
 男は指を人差し指を立て、笑いながら言葉を続ける。
「もう一つは、あいつと長く付き合っている君なら分かると思うが、あいつは基本的に人を騙すのが上手くない」
 中年の男は中指も立て、それから若い男の方を向いた。
「そう思わないかね、安里君」
「ま、それには同意しますけどね。僕に聞かなくても、貴方の方が金田さんとは長い付き合いじゃないですか、宮城さん」
 2人の男、安里と宮城の間にしばしの沈黙が訪れた。
 先に沈黙を破ったのは安里だった
「依頼を受けた金田さんはうっかり歩ちゃんと接触。貴方の事前の行動のために、金田さんが現れたのは自分の彼氏調査だと思っている歩ちゃんはそのことをちらつかせて、見事に金田さんと会う機会を得る。ここまでは貴方の思惑通りだ」
「まったく面白くないことにな」
「しかし、なんで金田さんはこんなあからさまに迫られてて気づかないんですかね?」
 安里の言葉に宮城は憮然として、
「知らん、こっちが聞きたいくらいだ」
 と答えた。
「だいたいだなぁ、私が家に帰って、疲れた、と思いながら夕飯を食うだろ、そうするといつも歩に――」
「たまには金田さん夕飯に来たらいいのにね、って言われるんですね」
「その通り、それだけ言われれば、さすがに私だって娘が健二に好意を抱いていることくらいは感づく。しかし、まさかとは思って遠まわしにそれを確かめてみれば」
「考えはぴったり正解、と」
 宮城は目だけを動かして安里を睨んだ。
「唯一の救いは、君から聞いた喫茶店での話しによれば健二は歩をそういう対象としては見ていないことだが、それも今後どうなるかは分からん」
「まぁ、金田さんなら他の男よりマシとはいえ、やっぱり歩ちゃんが心配だと」
「そう、そうなんだよ安里君! 君は分かってくれるんだなぁ」
 宮城に強く手を握られ、その痛みに安里は顔をしかめた。ただ、安里が顔をしかめた理由は痛みだけではなく、この話が4日前に宮城に声をかけられてから既に数十回は聞かされていた、ということにもあった。
「それで、これからどうするんですか?」
 宮城の手をほどきながら安里は言った。
「決まっているだろう!」
 宮城は拳をテーブルに叩きつけた。硬く、鈍い音が狭い部屋に響いた。
「歩の気持ちが確かめられた以上、最初に君に会った時に言った通り、2人を徹底妨害、歩に健二を幻滅させ、想いを冷めさせるのだ!」
「でも邪魔するにしても、我々2人は顔がばれているのでは」
「安心しなさい、今回は強力な助っ人がいるんだよ」
 宮城は不敵に笑った。その笑顔は持ち前のいかつい顔により、安里にはとても凶悪に見えた。
「全員来てくれるとは思っていないが、情報屋の張虎流、サンビストのグレーゴリィ・ピロシキビッチ、フランスの怪盗エッセ・クァルゴ、他にも野良試合で拳を交えた奴らが来てくれることになっている。どいつもこいつも頼もしい奴らだ」
 そう言って宮城は遠くを見つめた。
 名前からして怪しいその男たちが、実際には来ないことを安里は祈った。
「大船に乗ったつもりで安心したまえ、安里君!」
 安里の本心など少しも知らずに宮城は野太い笑い声をあげ、その声は狭い部屋から外へと出、居酒屋の店員と客たちに怪訝な顔をさせていた。
 いつの間にか外では雨がやみ、天には満月が輝いていた。
 今まさに、街には一陣の風が吹こうとしていた。


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