リレー小説 vol4 B

『無題』3p

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 翌日。
 金田は身支度を整え、約束の時刻に合わせて、早々に事務所を後にした。留守はいつも通り安里に預けてきたが、金田を見送る彼の表情が、まるで戦地へと向かう自分を哀れんでいるようにも見えて、それが妙に気になって仕方なかった。
「歩ちゃんにストーカー、かぁ……」
 溜め息交じりに呟く。金田としては、彼女の父親について知っている者なら、決してストーキングをしようという気は起こらないと思う。あの人を敵に回そうものなら、たとえ命が百万個あろうとも、一ラウンド以内で確実に黄泉の国へと辿り着けるだろう。これを宮城が知ったらどうなるか。想像すると、つい犯人に同情してしまう。
(先週の金曜日から、か。結構最近だよなぁ。今のところ、歩ちゃんの思い違いって線も否定できないけど……)
 そんなことを考えながら歩いていると、不意に、背後から何者かの気配が感じられた。立ち止まって振り返るが、そこに人影は見当たらない。
(気のせい、か……?)
 そう思って、再度歩を進めようとする。
 と。
「――!」
 大気をピリピリと震わせる殺気。
 肌に直接感じられる程の、息苦しいそのプレッシャーに、金田は思わず息を飲んだ。
(まさか……)
 昨日喫茶店で歩と話していたところを、例のストーカーに見られていたのだろうか。ふと金田は思った。基本的に、ストーカーは独占欲が強く、ストーキング対象が自分以外の人間と親しくしていると、その人間に害を及ぼす例も多々ある。本人への接触を図る前に、彼女の周囲から潰していこう、といったところか。
「上等じゃないか……」
 金田は振り返って身構えた。日頃から、道場で宮城に鍛えられていることもあり、武芸には多少の自信がある。探偵として、幾度か危険な橋も渡ったことのある金田には、一応それなりの度胸もあるのだった。
 ――だが、この悪寒が走る程の殺気は、並の人間のものではない。
 これがストーカーを極めた者のオーラなのだろうか、とややずれた発想をしつつ、金田は人目につかないよう、路地裏へと移動した。上手くこちらの誘いに乗ってくれるかどうか不安ではあったが、その並々ならぬ殺気の塊は、彼の後をしっかりとついて来た。
「……さっきから俺の後を金魚の糞みたいについて回りやがって。いい加減、顔を見せたらどうだ?」
 わざとらしく格好つけた台詞を吐いて、金田はその人影と対峙した。
 そしてその瞬間、彼は石のように固まってしまった。
「……嘘だろ、おい」
 ――そこに立っていたのは、身長約二メートル程はあろうかという、筋骨隆々の見知らぬ外国人だった。




 「あんた、誰だ。」
 「グレーゴリィ。あ……。」
 男は名前を名乗ると、しまったといったような顔をした。
先ほどまでの殺気をまるで感じさせない表情に、金田もつい顔を緩めてしまったが、瞬間グレーゴリィと名乗った男に再びキッと睨み付けられ、反射的に体勢を整え身構えた。
身構えたものの、その巨体に恐れがないわけもなく、内心は焦りながら慎重に相手との距離を保つ。
 「グレーゴリィ、俺に何か用でもあるのか。」
 答えは返ってこない。じりじりと近づいてくるグレーゴリィからなるべく視線を外さないようにしながら、金田は逃げ道を探した。が、抜けられるような道は見つからない。ただ背後のフェンスを越えればマンションの駐車場だ。相手の手が届く前になんとか向こうへ…そう思ったとき、一歩早くグレーゴリィの手が金田に伸びた。
 「うっ……。」
 うめき声とガシャンッという音とともに、金田はその襟元をグレーゴリィの両手に捕まえられ、フェンスに押し付けられた。しかし、身動きはとれないものの、不思議なことに金田はさほど苦しさを感じなかった。ふと目に映ったグレーゴリィは、申し訳なさそうな顔をしていた。

 『今グレーゴリィが金田と接触したぞ。』
 「おおっ、そうか!で?」
 電話から聞こえる男性のわりに甲高い声に、宮城は嬉しそうに続きを促す。
 『胸倉つかんで離さずって感じだな。』
 それを聞いて、宮城は「やりすぎたか」と顔をゆがませた。
 「そうか、あいつは素直だからな。」
 「胸倉つかめって言ったんですか。」
 あんな巨体に胸倉つかまれたら、さぞかし怖いだろうな。そう思いながら、まぁ金田さんはわりと度胸はあるから大丈夫だろうと、安里は目の前のアイスティーを口に運んだ。
 「ああ、胸倉つかんで離すなってな。でもまあ、グレーゴリィのことだ、手加減してるだろうさ。ともかく、これであいつは歩との約束の時間に遅刻。これはかなりのイメージダウンだぞ!」
 宮城はそう言って笑うと、再び電話口に意識を向け「引き続き報告頼むぞ、張虎流。」と電話を切ろうとした。
 それを慌てず張虎流がとめる。
 『待て宮城。グレーゴリィのやつ、金田に名前言ったみたいだが、大丈夫なのか。』
 「なんだって!」
 宮城の顔が一瞬で青く変わった。
 「名前ぐらい言ったって大丈夫なんじゃないですか?」
 安里の言葉に宮城は大きく首を横に振った。
 「グレーゴリィは歩と面識があるんだ。とは言っても歩が小学生のときだがな。だが、もし覚えてたら、……確実にば、ばれる。」
 ますます青くなっていく宮城の顔をなんとかしようと、安里が声を掛けようとしたそのとき、追い討ちを掛けるように張虎流が言った。
 『まずいぞ、今お前の娘がこっちに向かって歩いてくる。このままだとグレーゴリィが見つかる。』
 宮城の顔はもうすでに土褐色に染まっていた。
 「グレーゴリィを止めろ!何でもいいから早くっ……。」
 『あ。』
 「``あ``!?」




「はぁ、はぁ……せっかく約束したのに……はぁ」
静かな路地を小さな足音が駆ける。
「うぅ……レポート……はぁ、今日まで、だった……なんてっ……」
足音の主、宮城歩は自らの迂闊さに嘆きつつも金田との待ち合わせ場所である喫茶店へと急ぐ。
「よし……近道っ!」
歩は、ビルとビルの隙間にできた細い道へと入った。

「はぁ、宮城の奴もいいかげん子離れできねぇもんかな……」
M大付近の学生街を見渡せるビルの屋上。片手にごつい双眼鏡、もう一方の手に携帯電話を握った無駄に眼光の鋭い男がため息混じりにぼやいた。
『……もし……かくじ……れる!!』
携帯電話からは、なにやらヒステリックな叫び声が漏れている。
「お、あれは娘さんじゃねぇか!なんでこっちに来ちゃうかなっ!!」
男の眼下ではグレゴリィに押さえつけられた金田と、そこに近づいて行く歩の姿があった。
「まずいぞ!今お前の娘がこっちに向かって歩いてくる。このままだとグレゴリィが見つかる!!」
男……張虎流は、携帯電話の向こうでパニックになっているであろう友人に、さらに追い打ちを掛けるであろう報告をしなければならなかった。

 「ふぅ……ここまで来たら走らなくても大丈夫かな。」
そうつぶやくと、歩は乱れた呼吸と服装を整えてから歩き出した。
「うぅ……金田さんのコトで舞い上がって課題忘れちゃうなんて……不覚だわ……」
ぐちぐちとぼやきながら進むうち、夕暮れ間近の柔らかい日差しが、薄暗かったビルの隙間の道に差し込んできた。
「うぁ、眩しい」
ビルがとぎれ少し開けた場所に出た歩だが、日差しに目が慣れるまで数秒が必要だった。

「``あ``!?」
大男……グレゴリィに掴み上げられた金田は、暗がりから新たに現れた小さな人影を呆然と見つめた。

「……え……??」
視界の回復した歩は厳つい大男の後ろ姿と、その向こうで複雑そうな表情をした金田の姿を呆然と見つめた。

「……??」
金田の胸ぐらを掴み上げ、これからどうしたものかと思案していたグレゴリィは、その金田の表情の変化に首をかしげた。


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