リレー小説 vol4 B

『無題』4p

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8-2

「あぁ!!どうしたら、どうしたらいいのだ安里くん!?」
顔を土色に染めて混乱の極みに陥った宮城にできることは、安里に向かってわめき散らすことだけだった。
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さいよ、城さん。まだバレたって決まったわけじゃないんですから。」
「き、君は歩の鋭さを知らないからそんなコトが言えるんだ!!歩なら絶対に私の差し金だと気づく!!グレゴリィも歩に詰め寄られたら喋ってしまうに違いない!!あぁ、もうだめだぁぁっ!!」
宮城を落ち着かせようとする安里の声も今の彼には効果は無さそうだ。
「はぁ、解りました。じゃ僕は戻ります。巻き込まれたくはないですからね。」
一人で叫く宮城を見かねて、安里はその場を後にした。
「ま、待ってくれ安里くぅ〜ん!!!!」


 「お父さんっ!どういうことですか!!」
それから一時間弱。歩は金田を引きずりながら帰宅。
バンっ!!
と勢いよく扉を開けて宮城に詰め寄った。
「な、ななな何のコトかな?歩……」
「ごまかしても無駄ですよ。金田さんとグレゴリィさんに全部聞きましたからね。私のこと見張っていたって……」
口調は物静かだが口元だけの笑顔に宮城は気圧される。
「あ、歩ちゃん。宮城さんだって君のことを心配しているからこそ……」
「金田さんは黙っていてくださいっ!!」
「は、はいっ」
金田の仲裁もピシャリと押さえられる。
「今までは我慢していたけど……金田さんにまであんなことするなんて……」
隣の金田にも聞こえないくらい小さな声でつぶやく歩。
「お、落ち着け歩。私はお前が妙な男に引っかかっているんじゃないかと心配で心配で……」
何とか平静をたもちつつ宮城は歩をなだめようと試みるが、歩は黙り込み何か考えているようで、宮城の言葉はすでに聞いていなかった。
「あ、歩ちゃん?」
そんな歩を心配して声をかける金田。すると歩は突然顔を上げ宮城を真っ直ぐに見据えた。
「……お父さんがそういうつもりなら、もういいです。」
そう言うなり歩は金田の腕をとり宮城の部屋から立ち去った。
「あ、歩……」
残された宮城にできたのは盛大なため息をゆっくりと時間をかけてはき出すコトくらいだった。

 「あ、歩ちゃん……?」
すっかり日の暮れた町を歩に引かれながら歩く金田。
「…………」
あれから十数分。歩は黙ったまま前だけを見て進み続けている。繋がれた手のひらは心なしかうっすらと汗ばんでいるように感じられた。
「飛び出して来ちゃったけど、いったいどうするんだい?」
「…………」
さっきからこれの繰り返しだ。いいかげん金田はうんざりしてきてはいたが、何故だか歩の手を振りほどこうとは思えなかった。
「金田さん……」
「ん?」
聞き逃してしまいそうな程小さな声だったが、金田は歩のつぶやきに応えた。
「今日は家には帰りたくありません。事務所、使わせてください。」
ようやく歩の口から出た言葉は金田を驚かすには十分すぎた。
「な、じ、事務所って……あそこは仮眠もできないくらい狭いし……き、汚いぞ……」
何にしろ、外泊なんてしたら宮城さんが心配して死んでしまう……と言いかけた金田に、歩はさらに追い打ちをかけるのだった。
「だったら……金田さんの部屋……泊めて……下さい。」


9-1

 歩の言葉は金田を慌てさせるには十分な威力を持っていた。
「いや、そ、そういうわけには……」
「お願いします! 金田さんしか頼れる人いないんです」
 歩の声を聞き、近くを歩いていた中年の女性が金田たちを見た。
「そう言われても、俺の部屋も事務所と同じで狭いし汚いし、女の子が泊まれるような所じゃないしなぁ」
 金田の言葉は歯切れが悪かった。というのも、ここしばらく家に帰るのを面倒がって事務所に寝泊りしていたので、金田の家は事務所とは比較にならないほど荒れていたからである。小さいころから知っている相手とはいえ、女性に自分の家の惨状を見せるのは、普段そういったことには無頓着な金田といえども、やはり忍びなかった。
「そうですか、でも私には金田さん以外に頼るあてはないし……」
 歩の声が段々と小さくなっていく。
「いっそのこと、お金は俺が出すからどこかのホテルに泊まるって手もあるよ」
「そんな、ただでさえ金田さんには迷惑をかけてるのに、そこまでしてもらうわけにはいきません!」
「かといって、他に手はなさそうだしなぁ」
 段々と二人の歩く速度が落ちてくる。
 ちらりと金田が隣を見ると、歩はうつむいて何かを考えているようだった。
 歩の顔を街灯の青白い光が照らしていた。それを見て、金田はようやく夜が訪れていたことに気づいた。
「金田さん」 
 不意に歩が立ち止まった。
「どうしたの歩ちゃん」
 金田も一緒に立ち止まる。
「すみませんでした」
 そう言いながら歩は深く頭を下げた。
「私ってホントに子供ですよね。金田さんの迷惑を考えずに勝手に行動しちゃって。突然泊めてくれ、なんて言っても困っちゃいますよね」
 歩の顔には明るい笑みが浮かんでいた。
「私、帰りますね。お父さんはなんだかんだ言って私に甘いから、多分大げさに喜ぶだろうし。金田さんとはなんでもないってきちんと言い聞かせます」
 冗談めいた口調で歩みは言葉を続けた。
 いつもだったら分からなかっただろう。だが、それが作り笑いであることが、金田にはなんとなく感じられた。
「それじゃ、本当にお騒がせしました」
 苦笑しながら、歩はそれまでしっかりと握っていた手を静かに開いた。
 自分の手から、歩の手が抜けていくのが、金田にはゆっくりと感じられた。
 金田の耳に、どくん、という音が響いた。
 音は段々強くなっていき、それとともに歩の手が離れていく速度も遅くなっているようだった。
 鳴り止まない音の奔流は、歩の声で嘘のように掻き消えた。
「あの、金田さん?」
 気がつくと、歩が困ったような顔をしていた。 
「手、離してくれないと帰れませんよ?」
 そう言われて、金田は自分が歩の手を強く握っていることに気づいた。
 ごめん、と謝ろうとしたが、彼の口から出てきたのは別の言葉だった。
「1時間、もらえるかな」
 金田の言葉の意味が分からないのか歩はきょとんとした顔をしている。
 そんな歩を見て、金田は照れくさそうに言った。
「さっきも言ったけど、俺の部屋すごく汚くてさ。狭いのは仕方ないとしても、汚いのは片付ければ何とかなるし。だから、1時間もらえるかな?」
 歩は、まだ不思議そうな顔をしている。
「え〜と、ずいぶん前に来たっきりだけど、俺の部屋の場所、わかるよね?」
 金田の言葉にようやく歩はこくりとうなづいた。
「よし、それじゃ、1時間後に俺の部屋ってことで」
 そう言って金田は自分の家へ向かって足早に歩き出した。少しでも早く部屋を片付けたかったのもあるが、実のところ恥ずかしくて歩の顔を見れなかったことが一番の理由である。
 そんな金田に後ろから歩が声をかけた。
「女の子部屋に上げるんですから、汚かったら承知しませんよ!」
 金田は振り返らず、手だけ軽く振って彼女の言葉に答えた。だが、後ろにいる彼女が、作り笑いじゃない、本当の笑顔でいることは何故だか確信が持てた。


 しかし、部屋に帰った金田は自分の言葉を後悔した。部屋が自分の記憶より数段汚かったからである。そのために、金田が部屋に帰ってしたことはただ一つ、すぐに使いそうなもの以外全ての荷物を押入れに詰め込むことだけであった。おかげで、部屋は見事な殺風景になっていた。
「ま、見ようによってはハードボイルド、と言えなくもない」
 独り言を言いながら、金田は自分を納得させようとして、ため息をついた。
 そのときである。ピンポーン、とやや古ぼけた音のチャイムが鳴った。
 慌てて時計を見ると、歩と別れてからまだ30分しか経ってなかった。
「はいはい、今開けますよ!」
――そんな、早すぎる!
 泣きたい気持ちをぐっと抑え、金田は木製の古びたドアをゆっくりと開けた。


9-2

 安アパートの階段を登り、右に曲がって二つの目の部屋の前で、歩は立ち止まった。
 チャイムを押すと、ピンポーンと懐かしい音がした。
 幼かったころ、歩はよく父と一緒にこの家を訪れた。当時からこの家のチャイムはこんな古ぼけた音をしていた。
 ガチャリ、とカギの開く音。続いてドアが開く。
「ごめん、まだあんまり片付いてない」
 情けない声がドアの陰から聞こえてきた。
「金田さーん、減点1」
 そう言いながら歩は笑った。部屋を覗き込むと、さほど散らかっているようには見えない。
「努力の跡は見られます。これくらいなら、勘弁してあげましょう」
 そう言って歩は靴を脱いだ。

 部屋の中はそこそこ片付いていた。というよりも、モノがほとんどなかった。
――たぶん、押入れにモノを詰め込んだんだろうな。
 実際、押入れの戸は微妙に外へ膨らんでいた。
「ところでさ、歩ちゃん。着いていきなりなんだけど、お腹空いてない?」
 金田が麦茶の入ったコップをお盆に載せて運んでくる。
「そうですね、確かにもうそろそろ夕食の時間ですよね」
 時計を見ると、先ほど金田と別れてから1時間強が経過していた。
「ところがさ、恥ずかしい話なんだが、さっき冷蔵庫の中を見たら、ろくなものが入ってなかったんだ」
「それだったら、近くにスーパーありますし。あ、そうだ! タダで泊めてもらうのも悪いですし、私が夕飯作りますよ」
「それはありがたい申し出なんだが――」
 唐突に、金田の腹部からキュルキュルルーという情けない音が響いた。
「……と、いうわけなんだ」
 金田は頭をかきながら恥ずかしそうに言った。
「確かに、これじゃあ料理が出来上がるまで待てなさそうですね」
「す、すまん」
「それで、何かご飯のあてはあるんですか?」
「うん、うちの近所に定食屋があるだろ。あそこに行こうかと思って」
 あそこか、と歩は思った。幼いころ、金田の家に行くと遅くまでいて、よく金田と父と3人で利用した店である。
「あそこ、餃子が美味しいんですよね」
「そうそう、宮城さんなんか1人で4,5人前食べたりしてたな」
 そう言いながら、金田は歩の方を、正確には歩の後ろの押入れを見た。やはり部屋のものは押入れに詰め込んであるようだ。
 歩は金田の視線に気づいていないふりをしながらコップの麦茶を飲んだ。キンキンに冷えていて、とても美味しかった。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
 見ると、いつの間にか金田も麦茶を飲み干していた。

 2人がアパートの外に出ると、月が出ていた。
「どうやら今日は満月みたいだな」
「そうですか? 私には微妙に欠けてるように見えますよ」
 そんな他愛もないことを話しながら歩く。
「そういえば、歩ちゃんが小さかったころの話なんだけど、俺の部屋に遊びに来た帰りで、あの日もこんな満月だった。何でか知らないけど歩ちゃんが、『お月様が欲しい』なんて言ってさ」
「覚えてますよ、それでお父さんに肩車してもらって」
「そうそう、だけどもちろん手が届かなくて、『もっと大きくなったら、また肩車してね』って宮城さんに言ってたね」
「あのころは、大きくなったらお月様に手が届くってホントに信じてましたし」
 歩は笑いながら後ろを振り向いた。
 月に照らされてできた2人の長い影が、まるで一つの影のように見えていて、その先には金田のアパートがあった。
遠くのアパートを見ながら、今度は、きちんとご飯を作ってあげようと、歩は思った。


 一方、同じころ。誰もいないはずの金田の部屋の押入れの戸がゆっくりと開き、中から2m近い大柄の男が現れた。
 男は押入れから大きな袋を引きずり出して肩に担ぐと、押入れを閉めてから部屋の外へ出た。
 辺りを慎重に伺いながら、男はアパートのそばの暗がりに止めてあった車に近づき、窓を軽く叩いた。
「遅かったな」
 男の後ろから声がした。タバコをくわえながら現れた男は、夜だというのにサングラスをしていた。
「仕方ないだろう、確実に事を運ぶためだ」
 サングラスの男は車のトランクを開け、大柄の男は担いできた袋をトランクに押し込み、車に乗った。
「しかしよ、大丈夫なのか、アイツ。今回は調査期間が1週間もなかったんじゃねえのか」
 サングラスの男がエンジンをかけながら口を開く。
「いくら変幻自在、っつーのがウリでも、準備不足じゃまずいだろ。っと、ワリィ、タバコは嫌いだったよな」
 男は窓を開いて、煙を吐き出し、車に備え付けの灰皿でタバコの火を消した。
「いまさら、どうしようもない。我々にできることはもうないのだからな」
 大柄な男が静かに言った。
「まぁ、な」
 サングラスの男は車を発進させ、2人を乗せた車は夜の街へと消えていった。


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