リレー小説 vol4 B

『無題』5p

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9-3

 気がつくと、金田の腹部には鈍い痛みがあった。
「宮城、兄ちゃんが起きたぞ」
 声のした方を見ると3人の男がいた。見知らぬ若い男、午後に遭遇したグレーゴリィとか言う男、そしてもう1人は金田のよく知っている男だった。
「宮城さん?」
「手荒なまねをしてすまんな、健二」
 宮城は申し訳なさそうに言った。
 腹部に、再び鈍い痛みが走った。
 そういえばアパートの部屋のドアを開けてからの記憶が無い、おそらくそこで宮城、あるいはグレーゴリィに腹に強烈な一撃をくらい、気を失ったのだろう。
 金田は立ち上がりながら周りを見渡した。見た限りではコンクリート製の巨大な建物に思える。
「とりあえずここはどこですか? どっかの倉庫みたいですけど」
 金田の問に宮城が答える。
「そうだ、お前の家から2kmほどのところにある港の倉庫だ。といっても今は使われてないんだがな」
 宮城の言葉通り、倉庫の中には金田たち4人以外にはコンテナや荷物のようなものは見当たらない。
「それでだな、健二。お前には本当にすまないとは思うんだが」
 そう言いながら宮城の顔には明るい笑顔が浮かんでいた。
「お前にはこれから私と闘ってもらうぞ」
 一瞬の沈黙の後、倉庫は金田の絶叫に包まれた。
「み、宮城さん、わけが分かりませんよ! 何をどうしたら俺と宮城さんがこんなところで闘うなんて話になるんですか!」
 この10年、道場で宮城を見かけるたびに、金田だがその強さに圧倒されなかったことはなかった。一言で表すならば、重さ。足使い、拳の打ち出し、吐く息にさえ圧力を感じさせる男、それが宮城だった。とてもではないが金田のかなうような相手ではない。
「だいたい、歩ちゃんにばれたらどうするんですか、今度こそ洒落になりませんよ!」
「健二!」
 倉庫の空気が震えた。
 思わず、金田は口をつぐむ。
「歩にはばれないよう、きちんと手は打ってある。安心しろ、そこは大丈夫だ」
 宮城は愉快そうに言うが、それは金田からすれば自分の身に対する不安材料でしかない。
「で、何で闘うかだがな、つまり、あれだ、娘が欲しけりゃ私を倒せ、って奴だ」
 そう言って宮城は豪快に笑った。
「いや、別に、歩ちゃんは妹みたいなもので、欲しいとかそういうのとは断じて違うわけでして」
 必死にしゃべりながら金田は宮城の目を見た。そして、全てを悟った。
「健二、先人はこういう時のために素晴らしい言葉を用意してくれていた」
 宮城の目は澄んでいた。
「問答無用、というやつだ」
 宮城の目からは一切の迷いは感じられず、ただ目の前の男、すなわち自分を倒すこと以外考えていないということが伝わってきた。
 闘い、少なくとも宮城の攻撃を止めることは不可能だと、金田にははっきりと分かった。
 それと同時に宮城の拳がうなった。
 とっさに横へ飛ぶと、耳のそばでブンという音が鳴った。と、同時に宮城の体が沈んだ。
――上段回し蹴り!
 相手よりも早く自分の体を沈ませ、蹴りが来るとともに前へ飛び、金田は蹴りの下を潜り抜けた。
 回し蹴りを打った後は大きく隙が生じる。それが上段であればなおさらである。少なくとも、ここから連携攻撃が繰り出せるとは金田には思えなかった。
「甘いぞ、健二!」
 だが、通常よりも数段速い蹴りを放てる宮城の隙は、金田の予想以上に短く、すぐさま拳を放ってくる。
 なんとかそれを回避する金田だったが、わずかに体勢が揺らいだ。宮城ほどの男がそれを見逃すはずも無く、金田は次に放たれた前蹴りをガードしながらではあるが、マトモにくらい吹っ飛ばされた。
 重い一撃であった。両腕と腹筋を力の限り固めて受けたが、金田は胃液が逆流しそうになるのを感じた。
「どうした健二、反撃しろ。このままでは少しずつ削られていくだけだぞ」
 ゆっくりと歩み寄る宮城の姿が、今の金田には鬼神のように見えていた。
 金田は覚悟を決めた。
 勝てるかどうかは分からないが、少なくともこのままではやられるのは間違いない。
 金田は鋭く息を吐き、ゆっくりと構えを取った。


 その頃金田の部屋では、愛のなせる業か、それとも単なる偶然か、金田に変装していることを見破られた怪盗エッセ・クァルゴが、父親譲りであろう歩の強烈な蹴りを鳩尾にくらい、部屋の真ん中で1人悶絶していた。
 歩はというと、金田を見つけるため夜の街を駆け回っていた。
「お父さん、今度こそ、今度こそ……ほんっとうに怒ったからね!」
 自分が実際に声を出しているのにも気づかず、歩は走っていた。しかし、なんという運命のいたずらであろうか、 歩の向かった方角は金田たちのいる倉庫とはまったく逆だったのであった。


10-1

 鋭く突き出された拳が、なんとかかわす金田の耳をかすめた。空を裂く音が、耳に響く。金田は素早く右足を踏み込み、宮城の腹を狙い拳をくりだすが、拳に手応えはない。次の瞬間、体を回転させ、突きをかわした宮城の回し蹴りが金田の右わき腹をとらえた。とっさに反応し自ら左に飛んだが、それでも、金田の体は2メートルほど宙をまった。
「・・・っ!」
 人体急所の1つである脇をやられ、金田はしばらく呼吸ができなかった。
「健二、今の突きはなかなか良かったぞ。だが、その程度じゃいつまで経っても俺を倒すことはできないな。もちろん、歩をやることもできん。」
「で、でも、俺、今までに一度だって宮城さんに勝ったことなんて…」 なんとか呼吸を整え、金田が口を開いた。
「じゃあ、今日、初めて勝てばいい。」
「い、いや、そうは言ってもですね!俺なんかが…」
「健二!いいか、良く聞け。俺に勝てば歩をやる。これは、破格の条件なんだぞ!本来なら、大事に大事に育てた娘を、どんなによくできる男でもそう簡単には渡したりはせん。だが、お前は俺に勝ちさえすればいいんだぞ?」
 ちなみに、宮城に勝つことは、金田の中では難しい事ランキングベスト3に入っている。『彼女を作ること』の次に、難しいことである。しかし、宮城に勝つことでベスト3の内のもう1つもクリアできるのであれば、少しオイシイと金田は思った。
「宮城さん。」
 決して大きくはない。だが、はっきりとした口調で言った。
「な、何だよ…」
 いきなり態度の変わった金田に、宮城は少し動揺して言った。金田は宮城の目を半ばにらみつけた。
「本当に、宮城さんに勝てば歩さんを僕にくれるんですね?」
「だから、さっきから何度もそう言っているだろう!」
「つまり、事務所でタダ働きしてもらっても、事務所でお茶を入れてもらっても、事務所で肩もんでもらっても、なんでもかんでもしてもらって、……いいんですね!?」
 金田は、重くプレッシャーのある声で言った。
 金田の事務所は、はっきり言ってビンボーである。だから、歩に手伝ってもらえれば、すんごく助かると思ったワケである。しかし、宮城は自分から持ち出した話にしても、改めてこのように言われると、なんだかムッときた。大切に育てた娘を、こいつに渡してしまって本当にいいのだろうか。たちまち、不安になってきた。
「宮城さん?」
 ガラにもなく、難しい顔をしている宮城に、金田は確かめるように呼んだ。
「い、いや、なんだ、その、この話はなかったことにして欲し…」
「ダメです!」
 金田は、宮城が言い終わるの待たずに言った。
「いや、しかし…」
「宮城さん。自分でおっしゃった約束を破るつもりですか?」
「あ…いや…」
「俺の知っている宮城さんは、そんな人じゃないはずですよ?」
「…」
「いや、だけど宮城さんがそんな人だったなん…」
「う、うるせぇ!」
 宮城はいきなり大声を上げた。閉め切られた倉庫ではよく響いた。
「わかったよ!つまり、俺が勝てばいいんだろ!簡単なコトだ。完膚なきでに叩きのめしてやる!」
 逆ギレした宮城が大声で怒鳴りたてた。そして、それと同時にもの凄い速さで、金田に向かっていった。


10-2

 金田を探しに行ったものの、あることに気がついた歩は、全力疾走に近いその足を止めた。武道家の父を持つ歩は、その影響か人並み以上に体力がある。走るのも割と速い方である。
 「考えたら、金田さんがどこにいるかなんて見当もつかないのに、ただ走っても見つかるわけないわよね。」
 普通の人間なら、家を出る前に気がつきそうなものである。しかし、悲しいかな、歩はあの宮城の娘である。無理もない。しばらく考えこんでいた歩は、ハッとして笑みをうかべた。
「そうだ!なんで気がつかなかったんだろう。」
 そう言うと、歩はまた金田のアパートに向かって全速力で走り出した。

 宮城の攻撃をかわしていく金田。さきほどより、やや、金田に余裕が出てきた感じである。しかし、それは宮城の攻撃が怒りにより、直線的になっているからである。宮城自身は、このことに気づいてはいない。
(宮城さんが単純で助かった…)
 心の中で金田はつぶやいた。しかし、それでも宮城の攻撃を避けるだけで精一杯である。このままでは勝てない。
(とにかく隙をみつけないと。)
 宮城の回し蹴りが、後ろに反った金田の鼻先数センチをかすめた。宮城は、そのままさらに体を回転させ、二段目の回し蹴りを決めにかかった。素早く避けた金田の頭上を宮城の左足が通過するかに思えた。しかし、避けたと思った足がそのまま金田の頭に、垂直に降りてきた。金田は、あわてて後ろに跳び下がり、かかと落しをかわしたが、追い討ちをかけるように宮城が拳を振り上げた。
(マズイ!)
 金田が思うと同時に、倉庫の扉が勢いよく開いた。
「お父さん!」
 そこには、怪盗エッセ・クァルゴを右手で引きずる歩の姿があった。怪盗エッセ・クァルゴは、金田はどこか、と激しく尋問され、見るに耐えない姿である。もはや意識はない。歩はアパートに戻り、倉庫の場所を聞き出し、ここまで人一人を引きずり走って来たわけである。世間一般の女性には、おおよそ不可能な芸当である。
 金田は、歩に一瞬気をとられた宮城の隙を見逃さなかった。金田は、膝を曲げた低い体勢から、宮城のあごにありったけの力をこめ、掌底を繰り出した。あごに思わぬ一撃をくらった宮城は、よろめき、その場に膝を着いた。


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