リレー小説 vol4 B

『無題』6p

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11-1

「やった……!」
 思わず金田は声に出して言った。普段ならば決して入れることのできない急所への掌底。それが見事に決まったことが金田には信じられず、同時に、初めて宮城に膝をつかせたことと、ようやくこの喜劇的で不毛な闘いから解放される喜びとが押し寄せてきた。
 と。
「金田さぁん!」
 宮城との実戦でやや息を上げている金田のもとに、歩が駆け寄ってきた。
「歩ちゃん――」
「あ、歩、どうしてここが!?」
 驚愕を隠せない宮城に、歩は右手に引きずった男を突き出した。
「全部この人から聞きました! まさかここまでやるだなんて、見損なったわ! 最低です!」
「ま、まぁまぁ、歩ちゃん……」
「金田さんは黙ってて下さい!」
 歩にぴしゃりと言われ、金田は「……はい」と返事をして口を閉じるしかなかった。
「大体、お父さんは私に構い過ぎなんですっ! 私だってもう子供じゃないんだから、お父さんにやたらしゃしゃり出てこられると迷惑なんです! 全く、少しは子離れってものを……」
 延々と長い説教を続ける。この辺りは、娘自慢を延々と語る宮城に似ているな、などと思いつつ、金田はちらっと気絶している男――怪盗エッセ・クァルゴを見やった。
(これ、歩ちゃんがやったのか、ひょっとして……)
 やや表情を歪めながら、再度歩の方を見やる。
「……ですから、いいですね! 分かりましたか、お父さん!」
 形のいい眉を吊り上げたまま、歩は長い説教の最後に念を押して言った。激怒して自分を睨み付ける娘に、宮城は最早「はい……」としか返答できない。
 もしかすると、一番恐ろしい相手は歩なのではないだろうか――。見るも無残な仏国の怪盗と、粛々と小さくなって説教を受ける鬼人の有様に、金田は若干の身震いを覚えずにはいられなかった。

「本当にすみません、金田さん。父がとんだ迷惑をかけてしまって……」
 金田宅へと向かう道すがら、歩は申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「別に歩ちゃんが誤らなくてもいいよ。それに、俺はそんなに気にしてないし」
「でも、二度もあんな手荒な真似するなんて許せませんよ。今度やったら、本気で親子の縁を切ります!」
 歩は相当頭にきているようだった。まぁ、あの変装怪盗のボロボロの様を見れば、彼女がどれだけ怒り狂ったかが予想できる。やはり宮城の娘なのだな、と妙な納得をして、金田は何気なく脇腹を押さえた。
「痛みますか?」
 歩が心配そうに問いかける。
「いや、大丈夫。俺もそこそこ稽古はしてるから」
 笑ってそう答えたが、実際にはまだ痛みが残っていた。骨折とまではいかなくとも、軽く肋骨にヒビは入ったかも知れない。明日は念のため病院に行こう、などと考えながら、金田は夜空を仰いだ。
「……歩ちゃん」
「はい?」
「えーっと、その、いきなり宮城さんの知り合いに拉致されたんで、部屋の片付けがまだ済んでないんだ。だから、もう少しだけ時間を――」
 ――ぐうぅきゅるるうぅぅ〜。
「あ」
 腹の虫が大きく鳴いて、金田の空腹を伝えた。誤魔化すように金田が苦笑いを浮かべると、歩がぷっと吹き出して笑った。
「タダで泊めてもらう代わりに、何かスーパーで買ってきて作りますよ。その間に、金田さんは部屋を片しておいて下さい」
「でも、夜道を女の子一人でってのは……」
「大丈夫ですよ。父から空手を教わってますから。護身術程度なら扱えます」
 護身術以上の腕だと思うのは俺だけだろうか、と思いつつ、金田は買出しへと向かう歩の背中を見送った。夜空に輝く月の光が、彼女一人を贔屓して照らしているように見えた。


11-2

「……ったく、とんだ騒動だったな、今回のは」
 金田の家に程近い、やや古びたマンションの屋上。眼光の鋭い情報屋――張虎流は、溜め息混じりに吐き捨て、懐から煙草の箱を取り出した。
「結局、宮城の親馬鹿に振り回されただけ、か」
「みたいだねぇ。でも、そっちは大して苦労しなかったでしょ。私なんて、もう傷だらけだよ。あの娘さん、やけに一撃一撃が重いんだから……」
 あいたたた、と壁に背を預けて、全身を生傷で彩った怪盗エッセ・クァルゴは青黒く変色した目の辺りをさすった。
「さすがは宮城の娘ってところか。……それにしても、あの金田とかいう男、中々いい腕をしていたな。宮城が気にかけるのも頷ける」
「女性関係には疎いみたいだけどねぇ」
 違いない、と苦笑気味に頷いて、張虎流はくわえた煙草に火を点けた。煙が傷に沁みたのか、エッセ・クァルゴはやや眉を顰めたが、特に咎めようとはしなかった。
「あ、そう言えばグレーゴリィは?」
「宮城と一緒さ。今頃は、何処ぞの居酒屋で宮城に泣きつかれてんじゃねぇかな」
 ふぅぅ、と煙を吐き出しながら、張虎流は慣れた様子で双眼鏡を覗き込んだ。レンズ越しに、台所の調理用具を慌てて探している金田の姿が見える。
「……あの様子じゃ、色気のある展開にはなりそうもないな。でもまぁ、念のため見張っとくか。宮城との友情に報いるってことで」
 独り言のように呟く。友情ねぇ、と皮肉っぽい笑みを浮かべて、エッセ・クァルゴは傷を撫でて揺れる紫煙を鬱陶しそうに見やっていた。


11-3

 翌朝。
 歩が帰った後、金田は一旦事務所へと向かった。一足先に事務所に入っていた安里に尋ねられ、今回の宮城親子の騒動の経緯を大まかに話すと、「お疲れ様です」と安里はいつものコーヒーを入れて金田に手渡してくれた。
「ところで、その歩ちゃんとは、何か進展ありましたか?」
「はぁ? 何言ってるんだよ、あの宮城さんの一人娘だぞ。妙な手出しをしようものなら、辺野古沖辺りに沈められちまうって」
「でも、闘いには勝ったんだからいいんじゃないですか?」
「馬鹿言え」
 宮城以上に歩の方が恐ろしい――とは、敢えて金田は言わなかった。大の男一人を気絶させた上に、それを片手で引きずって二キロメートルもの距離を駆け抜けた娘である。変な気を起こせば、宮城に殺される前に彼女に殺される気がする。そんな金田の心情を知ってか知らずか、安里は「金田さんらしいや」と何処か呆れたような口調で言った。
 いつものように留守を安里に預けて、金田は病院へと向かった。その道中で、ふと、宮城と一緒にいた三人の男達のことを思い出す。
(何か外国人っぽかったよなぁ、あの三人。宮城さんの交友関係って、一体どうなってんだ?)
 しばらく考え込んだ金田であったが、その点については深く考えないことに決めた。昨晩、ずっとその男達に監視されていたなどとは、夢にも思わなかったであろう。
 病院で肋骨に微小なヒビが入っていると診断され、痛み止めと湿布を処方された金田が事務所に戻ってきたのは、午後二時頃であった。特に新たな依頼人もなく、調査済みの資料を適当に眺めていると、不意に、事務所のドアが開いた。
「あ、歩ちゃん!」
 入ってきたのは歩だった。「どうも」と軽く会釈をして、歩は折り菓子の入った白い箱を金田に差し出した。
「色々とご迷惑をおかけしました。あ、これお詫びです」
「いやそんな、お詫びだなんて……」
 遠慮がちに言った金田だが、折り菓子はしっかり受け取っていた。安里にそれを手渡して、金田は歩を客人用の席へと案内した。
「悪いね、狭い上に散らかっていて」
「いえ……」
 でも確かに汚いなぁ、と歩は内心で呟いた。
「男所帯ですからね、仕方ないですよ」
 受け取った折り菓子を皿に盛り、歩に麦茶を差し出して、安里が微苦笑を浮かべて言った。――金田も歩も、彼が宮城に協力していたことには気付いていない。早々に手を引いたことで、彼はこの騒動に関わったことに気付かれずに済んだのである。ある意味では、金田より探偵向きと言えるのかも知れない。
「そう言えば、先週の金曜日からつきまとわれている感じがするって言ってたけど――」
 金田が思い出したように口を開いた。
「あ、あれはもう解決しました。どうやら、あれも父の差し金だったみたいで」
 歩は答えたが、実は最初から、宮城が差し向けたのだということは分かっていたのである。それを金田に会う口実にしたのだとは、さすがに口に出せなかった。
 しばらく雑談を交わして、歩は事務所から去っていった。「今度は何か差し入れでも持って来ます」と笑顔を向けた歩に、金田も笑顔を返したが、怒り狂う宮城の顔を思い浮かべると、少し気分が重くなった。
「また来るつもりですね、彼女」
「ん、ああ……」
「そのうちここに通ってくるようになるかも知れませんよ、僕みたいに」
 安里が何処かからかうような目つきで金田を見た。その視線が少し気に障ったが、金田はそれに大きな反応を示しはしなかった。そんな金田のリアクションに、安里はやや呆れたように一つ息を零した。
「――でも、そうなったらちょっと危ないかもなぁ……」
「は?」
 小首を傾げた金田に、安里は「何でもありません」と乾いた微笑を返した。
(第一助手の座にライバル出現、だな……)
 安里のそんな内心の呟きは、金田の耳には届く筈もなかった。
 金田の受難は、まだまだ絶えない。             

  <了>


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