リレー小説 vol2 A
『完璧な愚者』2p
表紙へ 前へ 次へ |
頭が真っ白になった。 どれくらい真っ白か表すなら、呪いで人が殺せるなんて馬鹿馬鹿しいだとか、キューちゃんと言ったら伝説のマラソンランナー、プリシス=ハイだろうとか、そういやこの部屋鍵ついてるんだがどうやって二人は入ってきたのか等々、いつもの俺なら瞬時に突っ込んでいるポイントを悉くスルーしてしまうくらいに真っ白だった。 「はっ」 一瞬、遠い世界に旅に出そうになった自我を引っ張り戻す。ダメだダメだ。今までこの兄妹の戯言でどれだけ被害を受けてきたのか忘れたのか、俺。 コレもきっと何かの冗談だ。現に今だって菜月の奴は怪我人の部屋に勝手に押しかけて、呑気に高級もなかを頬張っているじゃないか。 「……ってオイ、見舞いじゃないのかそれは!」 怪我で下半身を動かせない代わりに、上半身で渾身の突っ込みを入れる。衝撃が足まで伝わって涙がでるほど傷に響いたとかそんなことはない。俺の芸人魂に賭けて断じて! 「清春よぉ、それ有り得ないよ、うん」 顔に?マークを浮かべて、何に突っ込まれたのかすら判っていない菜月はこの際スルー決定。話のペースは落ちるが、清春にターゲットを絞る。 「…やけに」 「言い切るねぇ。そんなこあ〜い顔しちゃってさ」 怖いとか言うな、真剣と言え。つーか菜月、食べきるの早えぇよ。 「だってさ、その呪いってやつが本当だとして……城戸がそんなことする理由がない」 果野実と清春の関係を知ったからには絶対にそうとは言い切れないのが少し悔しいが、それにしても、呪った上に殺してしまうなんて恐ろしいことをあの城戸が依頼するはず無いと思う。 「……城戸朝美に…その気は……無くても」 城戸が自分にどういう感情を抱いているのかについて、清春がどこまで知っているのかは俺には判らない。けれど問題の中心近くに自分がいることは察しがついているようだった。 「相談した相手……が…悪かった……かも」 その証拠に、普段なら菜月と交互で話す清春がずっと一人で状況説明ときた。菜月も心得ているのか、黙ってもなかを食べている。……二個目かよ。 「相談した相手か。それが黒山か?」 清春と菜月が同時に頷くと、胸の奥が少し痛んだ。なんで黒川なんだ、俺じゃないんだという種類の感情が胸を渦巻く。関係ない。今の話に俺の事情は関係ないはずだ。 |
俺の様子を見て思うところがあったのか、最初から解説する気があったのかは知らないが、菜月が補足を入れてくる。 「キューちゃんの家はね、四番坂さんトコの親戚なんだ。んで、あっちゃんの叔父さんが、四番坂さんの神主さん」 神社が無駄に多いこの町では、家系図をたどれば親戚縁者の四割以上はいずれかの神社関係者という、訳のわからない状況が形成されている。それぞれの神社の近くに関係者が居住する傾向が強いことから、町は行政上の区分けよりも専ら神社の勢力圏ごとに呼び合うことが多い。因みに俺と伊藤兄妹の家は七番坂さんと呼ばれる区域に在る。一とか七とかは石段の長さによるもので、別段格式を現しているのでは無いのだそうだ。少なくとも、表面上は。 「だからねー。光っちゃんもあんまり落ち込まなくて良いんだよ。親戚より優先順位が低かっただけなんだから。あははは」 余計なお世話だ。あと俺は光信であって光っちゃんなんて名ではない。というかその呼び方は、このご時世いろいろマズイからやめろ。 「キューちゃんの呪いは殺し専門だって話だからねー。いや〜困った!」 全然困ったように見えない菜月だが、それは表面だけだ。つきあいの長い俺には、菜月が本気で困っていることが容易に伺えた。しかし城戸、よりにもよってそんな奴に相談とは早まったな。まぁ、いろんな意味で。 「…今年は……四月に大祭り…だ…。果野実も……城戸朝美も…出る」 清春のその言葉を聞いて、目から鱗の気分だった。 十六夜大祭り。規模の大小や宗派をも問わず、この町に存在する十六神社全てが参加する一大行事。干支が一周する度毎にこの町に溜まった不浄の気を祓うというお祭りで、その最後には各神社が、その後十二年間にわたって特に御利益が出るとされる役割を占う儀式がある。 参拝客というのも現金なもので、前回学業成就や恋愛成就といった事柄に一層の御利益があるとされた神社はこの十二年間多くの参拝客に恵まれ、順風満帆だったと聞く。対して、海のないこの町で大漁祈願とか少子化のご時世に安産祈願とかあたった神社は、少々厳しい状況に陥ったとか何とか。 「でもアレって占いだろ?競合相手を呪っても、それがご神託に良い結果を出すとは思えないけど」 逆に天誅とか喰らいそうで嫌なんだが。 「これは噂なんだけど」 話を区切って水を飲む清春に代わって菜月がしゃべり出す。呪いとか何だとかの話の後に噂とはまた頼りないこと限りない。 「アレって本当は占いなんかじゃなくて、単なる結果発表だって話だよ」 菜月の言葉に清春も頷く。 「結果発表?何の?」 鸚鵡返しに聞いた俺におおげさに呆れながら、菜月はびしっと人差し指で俺を指差した。否。指刺した。 「痛てぇぇ!何すんだ!」 「その内容とは何と!」 「無視かい!」 菜月が興奮しながらも告げた台詞に、俺は痛みも忘れて仰天した。 |
菜月はいきなりバッと紙を広げた。 何、どうした…勝訴?―いやただの地図だった。 どうやらこの町の地図らしい。 町を流れる川の上に何かの数値が書いてある。 「―水質調査だあああ!」 俺は思考が停止した。STOP環境問題? 窓の外では風が一度びゅうんと吹いて、花びらが雪のように散っていた。 夜桜がきれいだった。 私は縁側に出て桜を見つめていた。 四番坂は四が死に通づるとして、人通りの少ない数坂町でもさらに人通りが少ない。 私は子供の頃に祖母が地元に伝わる伝説を話していたのを思い出した。 いつ頃のことだっただろうか。 確か祖母はそのとき既にずいぶん年を取っていて、私のことをアサミちゃんと発音できずにアァミちゃんと発音していたのをよく覚えている。 その日も夜桜がきれいだった。 あの時、南にある四番坂の増長天の祭られている神社に四番坂の子供が集められていたのだった。 四番坂の子供は、黒山さんのとこの久一くんと私が小学校中学年ごろで、あとはまだ小学校にあがっていない子ばかりだったと思う。 これからする話をよその子に話してはいけない、胸の奥の奥に、三番坂の倉の戸のようにきちっと閉じ込めておきなさい。二度と口にしてはいけない。話したら鬼に食べられてしまう。 そう前置きをして祖母は話し始めた。 昔にァなァ、神さんがたくさんいなすって、こォにはとりわけ背ェの高い、駿河の富士の山より背ェの高い、ぎょろりとした目ェをした、神さんぁおりました。 ほの神さんちゅのは背は高うありますが、腕は細う細うて、ほら、あすこにある、二番坂のあすこにある、しだれ桜の幹ちゅぐらいやったと。 昔にァな、作物のとれんことがあって、こっちもひもじぃ思いしたけんど、神さんに供えるもんもあれへんから、そんときは神さんもひもじかったんやろな、食べるもんあれへんから、何か食べられるもんを探して、七番坂にある竹林を人差し指ぇほじくっとたん。 やが、なんせ何ぼ細いゆうても、竹よりは太いゆびやから仕事もはかどらんと、とっぷりと日も暮れてしもうたんですな。 神さんが西の方を見ると、ふたァつ、まあるい日が光っとうんですわ。 今の十番坂のとこん大きな蛇がおッてな、ようよう目ェ凝らしてみたらその蛇の卵だったんですわ。 ほんでな、神さんは、ほんにひもじいて、ひもじいて、その卵を食べてしもうたンですわ。 ほしたら、蛇が「ようもわしの子を」って怒って怒って、神さんに噛み付きましてな。 神さんも痛うて痛うて母蛇をばしィん、ばしィんて地ィに叩きつけてな。 ほいで気ィついたら、蛇はぐったりとして、のうなってしもうたんや。 神さんもこれはえらいことをしてしもうたと、母蛇の亡骸に丁寧に土をかけまして、そのあと、こう、うずくまってわんわん泣きましてな、ほの涙が地にわァ流れて、蛇を叩きつけた跡に溜まっていって、ほれがこのここらへんの川になったちゅう話ですわ。 昔はこのへんをジャガ町ゆいましてな、蛇の河と書いて蛇河町ゆうんです。ほれはそういうことですわ。 ほれで、神さんももう何年も何十年もうずくまったまま泣きましてな、大蛇にかけた土が、もう青々しい山なるまで泣きましてな、ほいでついに涙が枯れてしもたんです。 ほしたら、晴れて、ほの山からさあっと蛇が出てきましてね。 いまでォ、大山神社のあたりから虹ァ出るでしょう、ほれはほういうことですァ。 大蛇が虹になった後もォ、神さんはじぃっとうずくまってな、ずうっと動かんで、苔が生えて、木が生えて、葉が落ちて、ほれが朽ちて土になって、風が吹いて、雨が降って、雪が降って、ついに山になってしまったそうです。 ほれがほの今の二番さんのあるところですわ。 やで、今もな、春の今頃になるとな、思い出して涙流すんで、塩辛い水がてっぺんからながれてくるんですな。 ほやで海の水みたいやなあてゆうて、二番さんのとこを海坂とよぶんですわ。 |
私はその話を思い出しながらぼうっとしていた。 花びらが舞っている。 私は眼を閉じた。 私はこの話が好きだった。 でも、全く、よくできた作り話だった。 四番坂は他の番地と違って他所者を受け入れない。 それはこの数坂町の秘密の一切を負っているからだった。 ―現実って言うのは、こういうことか。 私は思う。この話の裏を知ってしまったからだ。 "呪いか…" 私は心の中で呟いた。 四番坂にのみ伝わる民話は他にもある。 海坂に住んでいた男のところへ通っていた女の話だ。 昔に海坂の男の家に女の人が毎晩毎晩通うてはって、通ってなんぼになる頃やろか"こっちはあぶないさけい、もう来るな"男は女にほう言わはった。 女の人が"何でや。"ちゅと"俺は鬼の嫁さんをとることになってしもうた"ちゅはった。 ほれでも、毎晩女は男の家に通いましてな、はじめは鬼にもずうっと隠してきたんやけど、そうそう隠し通せるもんやのうて、鬼もな、おかしく思いましてなァ。 夜に、ある晩、そう朔の日のことですわ、見張ることにしまして、石段の横にずうっとおりました。 ほンで、夜が更けたころに、とんとんと登る音が聞こえてきました。 ほしたら、きれいにした女の人が石段をのぼってきヤるのね。 ほイで、ほれを鬼は海坂の石段に手ぇついてじいっと見てまして。 女が石段に上りきるのを、石段に手ぇついてじいっと見てヤるのね。 女がな、男のへやにいくのを石段に手ぇついて石段の上に鼻から上だけ出してじいっと見てはるのね。 ほんに女の一念は恐ろしいて、鬼は怒って怒って、石段をみんなひっぺがして、女が帰やァる頃にァ、石段の高さをみんな変えてしまいましてな。 ほれが昔の明かり一つないところのことやで、女の人は石段が高くなったことに気づかやらへんかったんですァ。 「それで、その女の人はどうなったの?」 ―明かり一つない夜ァで、高さが変わったことに気づかずに石段から落っちらアったんです。 「だから、一番坂の方が石段の数が多いの?」 ―そォです、だから海坂神社の石段は一段一段が少ォし高こうなっとるんで段数が少ないのです。今でも、海坂の石段の横にはそのときの鬼の指の跡が残っていて、きれいな女の人は足をひっぱァれるそうですァ。 "―ひっぱァれるそうですァ” その言葉を反芻する。 私はため息をついた。 城戸さんとこの朝美ちゃんが次の語り手になるんでしょうね。 そんな言葉が聞こえてきた。隣の家で四番坂の大人が会合をしていた。 |
表紙へ 前へ 次へ |
novelへ戻る galleryへ戻る topへ戻る |