リレー小説 vol2 A
『完璧な愚者』3p
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もう、超常現象には関わらなくていいんだなという考えの下、俺、山田光信は脳の活動を再開した。 「水質調査って…これ、何の数値?」 透明度だろうか、pH値だろうか。…pH値はないな…海坂神社、125ってどんだけアルカリなんだ。 俺はpH値は14までしかないことを覚えていなかった。 「21gって知ってる?人が死んだときに21gだけ軽くなるんだけどね、その成分の量さ。数値の1が21g。魂の重さだって言われてるんだ。」 俺は話の方向がおかしいことに気がついた。 あ…あれれー、そっちに戻るの? 「…成分は俺はよく知らないけど…有機化合物…西洋で言うとエーテル…あ…別に成分が…-O-という意味でなく昔の…」 なるほど、そうなんだー、トリビアだよ、本気で。俺の人生では全く必要のない知識だあ。そもそも、俺物理選択生。酸素がどうのは知らねえよ。 …つまり、何?オーラみたいなもん?この数値、スカウター…? 「にゃはは、今年は海坂神社がやっぱり飛びぬけてるね。うちらクラス全員で押しかけたもんなあ、若いパワーだ。」 一番坂に西の大山神社、二番坂に北の海坂神社、三番坂に東の国川神社、四番坂に南の井長神社。 数坂町の四大神社と呼ばれるだけあって、やはりその数はずば抜けていた。 我が七番坂は…何かその10分の1ぐらいの量だった。 「…ん…待て…」 清春が言う。 「…大山神社は確か毘沙門天で…それは北の…位置が…」 「何が?」 俺は清春の方を見た。 「―…ホントだ」 「何が?」 俺は今度は菜月の方を向く。 その刹那、菜月は俺の本棚から本を出した。 出したというよりは本棚から大量に本を落とした。 「ちょっと待てっ!それ、誰が片付けるとっ…!」 「もしかしたら仏像の位置がずれてるかもしれない!あ、えっちな本みっけ」 要らん言葉付け足すな。最低だ、お前は。 「おーあった、これだ。小学校で作った「このまちたんけんたい」…。「いちばんざかは毘沙門天、にばんざかは広目天、さんばんざかは持国天、よんばんざかは増長天。」…やっぱり四大天王だったんだね。しかし漢字使うとことひらがながあべこべだねえ…光っちゃん、漢字の読み方わからなかったんだ?」 「黙ってろよ、とにかくっ…どういうこと?」 「…北と西の像が逆なんだ…」 |
日が落ちて、もうずいぶんとたつ。春とはいえ、まだ夜風は十分に冷たかった。その中を汗まみれになり、普段は整ったその顔をくしゃくしゃにして、一人の女が道を歩いていた。 城戸朝美だった。 「清春くんには、嫌われちゃっただろうなぁ…。」 清春に初めて会ったのは、城戸が高校に入学してすぐの頃だった。 美形で変テコな双子の兄は、その妹とともに、とにかく目立った。文化祭、体育祭、学校のイベントというイベントで、彼ら二人は様々な珍事や感動を巻き起こした。今、こんな時でも、それらを思い出すと城戸はくすりと笑ってしまう。そんな清春に、段々と惹かれていったのだ。 「久一は、どこにいるんだろう。」 それは、四番坂の誰に聞いてもわからなかった。 黒山久一は、数日前から実家に戻っていなかった。彼がどこにいったのか、そして何を計画しているのか、誰も知らなかった。 ただ一人、城戸朝美を除いては。 黒山がいなくなる直前、城戸は黒山に自身の失恋を話した。黒山は、呪いの噂やその容姿、性格などからほとんど友人らしい友人はいなかったが、同い年の従兄である城戸とだけは仲が良かった。 「止めなくちゃ…。」 黒山は姿を消したその日、城戸に電話をかけてきた。そこで彼女は黒山が沢井果野実を呪おうとしているという事を聞いたのだ。 「朝美…君には本当に感謝してる。君がいてくれたから、僕は何とかこれまでやってこられた。」 「でも、もう限界なんだ。こんなのは…こんな運命なんかクソ喰らえなんだよ。」 「僕は自由になるよ。そのチャンスがようやくやって来るからね。」 「そのついでに、君の幸せを邪魔したその娘にも罰を与えてあげるよ。」 「…さようなら。」 そう言って電話は切れた。 城戸は驚きのあまり、最初はどうすればいいのかわからなかった。だが、事は命に関わることかもしれない。そう思い、黒山の電話の事を清春に伝えた。 それ以来、こうして毎日黒山を探し続けている。 黒山はこの町を、この町にある全ての神社を憎んでいる。現代に残った、ただ一人の異能の力の持ち主として、この町の人々の心の闇を、若くして一身に背負わされた彼の苦悩は、一体どれ程のものだったのだろう。それを想うたびに、城戸は胸を締め付けられる思いがした。 「あたしが止めなきゃいけないんだ…。」 四番坂を始め、各神社の関係者たちは、誰も城戸の話を真剣に取り合ってはくれなかった。 だが、城戸には確信があった。彼は、黒山は、この町の全ての神社の当主が集う十六夜大祭りを利用して、己に過酷な人生を強いた元凶たちを、全員殺すつもりなのだ。そんな事をさせるわけにはいかない。城戸は必死で黒山の消息を追った。 だが、城戸の懸命の捜索も実らず、十六夜大祭りの日はやってきた。 |
山田光信は松葉杖をつきながら、会場である大山神社の石段を、伊藤菜月とともに昇っていた。 「しかし光っちゃん、よく来る気になったねー。」 息を切らしながら、じろりと目だけを向けて、俺は答えた。 「…何を今さら。大体俺に来いっつったのは、お前らだろうが。」 「まー、そうなんだけどね。でも何で?光っちゃんが来る気になった理由が、いまイチわかんないんだけど。」 ため息をつきながら、俺は視線を下に落とした。 正直、答える気にはなれなかった。口に出すにはあまりにもバカバカしい理由だったからだ。 「ねえ、何で?」 しつこい。だがコイツのことだ、自分が納得いくまで追求するのをやめないだろう。ええい、笑いたけりゃ笑えばいいさクソッタレ。ああそうさ、俺は馬鹿なんだよ。 「…城戸が、困ってるって聞いたからだ。…そんだけだ。」 菜月の顔は見れなかった。どうせすぐに大笑いするに決まってる。無言で俺は、菜月のリアクションにそなえた。 「へぇ…光っちゃんのくせに、ちょっと良いこと言うじゃん。」 意外な反応だった。…笑わないのか?不意をつかれて、思わず俺は顔を上げた。 「…でも、ほんと馬鹿だね!にゃははは。」 そう言って菜月は背を向け、トントンと石段を昇っていった。 「うるせえよ!」 ちくしょう、やっぱり笑うんじゃねぇか。少しでも期待した俺が馬鹿だったよ。 「…じゃあ、何で俺にこんな話をしたんだよ。」 先に行く菜月に、俺は憮然と問いかけた。すると、軽快に石段を昇っていた菜月は足を止め、くるりと反転して俺を真っすぐに見直し、そして、少しだけ笑いながら答えた。 「光っちゃんなら、そう言うと思ったから。」 不覚にも、一瞬どきりとしてしまった。 「…うそつきめ。さっきと言ってることが違うじゃねーか。」 菜月はまたにゃははと笑った。でも、もう不愉快な気分にはならなかった。 俺たちが石段を昇りきり、会場全体が見渡せる小さな丘に着いた頃、とうとう十六夜大祭りが始まった。 沸き上がる人々の歓声、楽しげな笑い声。 そんな中、俺の胸は大きく鳴っていた。 ここには、城戸朝美がいる。 清春も、沢井果野実の側にいるはずだ。 そして…黒山久一がどこかに来ている。 その時、緊張している俺をまるで励ますかのように、ふてぶてしく笑いながら菜月が言った。 「さあ、クライマックスだぜ光っちゃん!」 |
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