リレー小説 vol4 A

『無題』2p

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4-1

「はぁい、いらっしゃい…って、金田君か」
「…え?」
金田は部屋に入った瞬間「ぶぅん」という独特な音に包まれるのを感じた。
 お世辞にも広いとはいえないその部屋の中央には、事務机が二つと三台のデスクトップパソコン及びそれの無駄にでかいモニターがあった。そして机に置ききれなかったのであろう二台のノートパソコンが傍らのパイプ椅子に置かれている。部屋に入ったときに感じた「ぶぅん」という唸りはそれら全てが順調かつ軽快に駆動していることを示すモーター音であったのだろうか。その他にも文系出身のため機械にはあまり詳しくない自分には用途のわからない黒い箱とか、ケーブル類の山とか、とにかく部屋は無機物で溢れていた。
 自分だったら五分で発狂できる、と根拠のない確信をしながら金田はこの「電子の要塞」からひょこんと覗いた顔を見た。青年は黒縁の眼鏡に紫地に白でドクロがプリントされたTシャツを着て、短めの黒髪はワックスで固められたいわゆる今時の若者である。…正直、金田にはこんな知り合いはいないし、そもそもサークルの人間ならこの大学の学生だろう?こんなおあつらえ向きな知り合いがいるのなら最初からこっちに連絡している。しかし向こうは金田を知っているらしく「いやぁ、久しぶりだねぇ」などと、立ち上がって肩を叩き部屋の隅に畳んであったパイプ椅子を広げて勧めだしたのだ。
(……訳が、わからない)
「…君は一体、どこで俺と知り合ったんだ?」
「なっ…ひっどおぉい!あの甘い一夜を忘れたのぉ!?」
「はあぁぁぁ!?お、俺にそんなシュミはねぇ!!人違いだっ!!」
 突然涙目になりまるで女のような動作で詰め寄ってきた青年に、身に覚えのない金田は本気で恐怖しながら後ずさり、ついにはドアノブにまで手をかけた。しかし。
「……くっ……っぷぷ…ジョーダンだよ、冗談。しかしホントにわかんないとはね、私の技術にも磨きがかかってきたわけか」
 不意に青年の口から女の声が流れ出した。眼鏡を外して青年が自らの黒髪を引っ張ると、それは容易に取れて中からは見覚えのある栗色のショートヘアーが現れた。
「私だよ、金田君。美月、池上美月。今は「サガワ」って名乗ってるんだけど」
「…脅かすなよ…」
「うん、ごめん。でもまぁ、今回は別件でしょ?あんたは宮城さんの娘の身辺調査で、私はココのパソコンの修理と調査。ちなみに大学から正式に依頼受けてるから、その辺は気ぃ使わないでいいわよ」
「…どこで調べたんだ…」
「『馼屋』ですから。まだ発足してから二週間ちょいなんだけど、大盛況よぉ」
 美月は満面の笑みを浮かべると黒髪のヅラを被りなおし、眼鏡をかけて大学生の姿に戻った。そして次の瞬間一台のモニターに映る意味不明な英数字の羅列(少なくとも金田には意味のあるものには見えない)を見て苦々しく舌打ちをした。
「くそ…まただわ…どうしてこうもいやらしい手を使って…」
「どうしたんだ?」
「ココのメインシステムなんだけど……ちょっとね、攻撃されてるの。断続的に、私が来る前からだからもう三週間くらいになるのかしら?システムの開発メンバーと仲が良くて対応を頼まれちゃったんだけど…直すそばから壊していくのよ…姿は当然見えないわ。けど、学内からアクセスして学生のIDを利用していることはわかってるの。だから『馼屋』を立ち上げて調査したり、学生のカッコでこんな電磁波まみれの部屋に篭ったりしてるわけ」
 そこまで言って美月は話すのをやめ、キーボードを叩くのに集中してしまった。
 美月は金田の古くからの友人で、いわゆる「情報屋」である。数年前までは金田を含めた誰かとチームを組んで行動することが多かったが、最近はフリーの仕事が主だ。彼女の変装技術は仕事の上で必要だったため必然的に身に付いたものである。しかし、金田は彼女が情報の収集と変装以外にこんな技術を持っているということは知らなかった。
(俺も…パソコンとか、使えた方がいいのかね)
 探偵は手帳だなんだと大きな口をきいてはいるが、本音を言えば、金田はパソコンやら電子手帳やらの電子機器類にはめっぽう弱かった。最近ようやく携帯電話の使い方は覚えたのだが、専ら電話用で、メモ帳・手帳機能はおろかメールさえほとんど利用しない…否、できない。モーター音とキーボードを叩く音だけが響くこの部屋で、金田は所在無さ気に辺りを見回して、大きなため息を一つ吐いた。


4-2

「さて…と。これでとりあえずはいいかしら」
十数分後、やっと美月は手を止め、金田の方に向き直った。
「知りたいことがあるんでしょ?宮城さんの、娘のことだったわね」
「あ、ああ。わかるか?」
「まぁね」
 美月は事務机の引き出しからいつ印刷したのか数枚のA4のコピー用紙を取り出し、ホチキスで留めて金田に手渡した。
「とりあえず彼女に関連する噂は全部集めたつもりよ」
「…いくらだ」
「やぁねぇ、いつもそんなにビジネスライクだからロクに彼女も出来ないのよ。…今回は特別。サークルって名目だから元手もかかってないし、お金なんて取れないわ。それに…」
「それに?」
 美月は再び満面の笑みを浮かべて、言い放った。
「私の方が…ギャラ、上だもの」
 金田はこの有能な友人を殴り飛ばしたい衝動に駆られながらも、何とかそこは「女性に手を上げない」というプライドで押さえ込み、金田はコピー用紙の束に目を通すことにした。


5

「……しかし、こうして見ると、大した話は集まってないな」
 一枚目、二枚目と目を通していたが、どれもこれも他愛のない内容ばかりである。
「そうねぇ……。でも、内容から推測すると、彼女、感じのいいコみたいね。噂なんて、情報といえば聞こえはいいけど、中身は誹謗中傷ばかりなんてこと、よくあるから」
 好きでこんな商売やっててもイヤになっちゃうわ、と美月はぼやいた。確かに情報屋も探偵も、人間の汚い部分を見ることの多い職業である。やりきれない事件には、過去にいくらでも遭遇した。割り切っているように見える美月も、内に秘めているものがあるのだろうか。
金田は意外に思い、ちらりと彼女を見やったが、その顔からは何も読み取れない。立ち入ったことは聞かない方がよいだろうと判断し、金田は何も言わず再び資料に目を落とした。美月も答えを期待していたわけではないのだろう、パソコンと向き合い、己の作業に没頭し始める。紙をめくる音と、無機的な機械音だけが響く。
「なぁ、これ、書き込んだ人物を特定することとかできるか?」
 沈黙を破ったのは、金田だ。
「できないこともないけど、難しいわね。……何か気になる噂でもあったの?」
「あぁ、この三つだ」
そう言って指差したのは、以下の噂。
『宮城真奈が、最近同じ男性と歩いているのをよく見かける。つきあっているのではないか』
『彼女はサークルに所属しているようで、授業が終わった後は付き合いが悪い。だが、友人の誰に聞いてもそのサークルが何なのかは、よくわからない』
『真奈は悩みを抱えているらしい』
「『同じ男性といる』っていう噂は、あやしいわね」
「あぁ、本当に、つきあっている男がいるのかもな」
そう言いながら、宮城さんの心配も単なる杞憂ではないのかもしれないと、金田は考えを改める。
(可愛い娘を持つと、父親は心配なのかね……)
独り身の金田には縁のない心境だ。そして、万一彼氏がいると判明した場合の宮城の反応が、今から不安になってくる。
(そんなことになったら、とばっちりくらうかもなぁ……。いや、絶対くらうよなぁ)
暗澹とした思いで、あまり嬉しくない未来を予想していた金田に、美月が声をかけた。
「さっきから百面相してるとこ悪いんだけど、このサークルって何なのかしらね?」
「さぁな……。実はそれは単なる口実で、彼氏と会っているんじゃないのか?父親に知られるのがやっかいだから、内緒にしてるのかもな」
 俺みたいな探偵を雇うような父親だぞ、と言うと、確かにと美月は笑った。
「でも、探偵さんも大変ねぇ。確か昔は『俺は浮気調査だとか、素行調査なんてやらないぞ!もっとハードボイルドな仕事をするんだ』って言ってなかった?」
からかうような口調で、昔の口癖のような台詞を聞かされ、金田は苦虫を噛み潰したような顔をした。理想は今でも変わってはいないが、しがない探偵の所にそんな映画のような事件が舞い込んでくるはずもない。背に腹は変えられないのだ。
「なるほど、生活のため、か……。切ないわね。ホント、同情しちゃうわ」
「同情するなら現金よこせ」
「うわぁ、サイテー」
 そんなどうでもいい軽口の応酬に、金田は気分がほぐれるのを感じた。ずいぶんと前向きな気持ちになり、美月にひそかに感謝の念を覚える。結果がどうなるにしても、仕事は仕事だ。
「じゃあ、俺はとりあえず宮城さんの友人に、話を聞いてみることにするよ」
金田が立ち去るむねを伝えると、美月は何事か思い出したようにかばんを探った。
「そうだ、これはせめてものお守りよ」
そう言って、美月は金田の手に何かを握らせた。
「なんだ、こりゃ……?」
渡されたのは――五円玉。
「何って、現金」
「何で五円……?」
 先ほどの会話をうけてのことなのだろうが、微妙な金額である。お守りなどと言って渡す意図もわからず、金田は怪訝な顔をする。
「あぁ、それはほら、カノジョのいない君にも、ご縁がありますようにってね」
「お前さっきから喧嘩売ってんのかっ」
 機械だらけの部屋に、怒鳴り声と一際大きな笑い声が響いた。
「じゃあ、がんばって」
「あぁ。悪いな、助かったよ。」
そう言って金田が機械の要塞を後にし、無機質な空間には美月だけが残された。見送りのため振っていた手を降ろし、美月は再びパソコンの画面を見やった。
「でも、本当にがんばってね。金田君」
笑みを消し、美月はぽつりとつぶやく。
「今回の件、単なる素行調査とは、いかないみたいだから……」


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